kurayami.

暗黒という闇の淵から

迷えるノースポール

「ママー……どこー……」
 少女の呼びかける声が、黄色くなった空と十字路に響く。
 迷子の声は、母にも、誰にも届かず、ただただ不安混じりが濃くなっていく。
 十字路を真っ直ぐ抜けた先、少女は白い砂浜を歩いていた。荒波が立てる音は、少女の呼ぶ声の気力を消し、無言の不安となり、やがて、目から雫となって落ちていく。
「ママ……」
 少女が呟く。
 その声に答えるように、少女は白い砂浜に水色の建物を見つけた。


「いらっしゃい、迷子さん」
 少女を出迎えたのは、二十代半ばのポロシャツを着た〈お姉さん〉だった。
 目線を合わせるように、お姉さんはしゃがむ。
「いつから迷子なの?」
「うう……さっき?」
「そっかそっか、貴女は運がいいね。うん、もう大丈夫よ」
 その言葉に少女が安心した瞬間、疲れが身体に回った。目尻がヒリヒリしている。
 お姉さんに案内されるがまま、少女は中に入っていく。水色の建物の中は、何処までも広く、何処までも続いていた。無造作に置かれた無数のベンチには、老若男女の人々が座っている。
「ここはどこなの?」
 前を歩くお姉さんに、少女は着いて行く。
「すべての迷子センター」
「すべての? あそこに座っている人たちは、迷子なの?」
「そう、迷子。まだ、迎えも来ず、帰る場所もわからないまま」
「……大人の人も、いるよ? どうして帰れないの?」
 大人は探す側じゃないの、とても言いたげな、少女の目。
「大人だって、迷子になるんだよ。探しているうちに、見つからなくなって、迷い込んで出口を失ってしまう」
 まるで、説明とは別に意思の篭った、お姉さんの声。
「だめだよ貴女。大人だから、子供だからって言ったら。そうやって責めて、大人になったときつらいのは、貴女なんだからね」
「ん、ん、大人もつらい?」
「つらいよ。でも、それを救ってくれる人がいるからこそ私たちは、しあわせ」
「わかった、じゃあ、帰ったらママもパパも、たくさん甘やかす」
「えらい!」
 お姉さんが、書類の散らかった机に辿り着き、席に座った。
 パソコンにかかった上着を払いのけ、電源をつける。
「どこで迷子になったか、わかる?」
「えっと、十字の道」
「なるほど。夕方?」
 お姉さんは、質問の答えに合わせ、キーボードを鳴らす。
「うん、うん」
「誰といた?」
「ママと、弟のヨシ君」
 最後の質問と答えを区切るように、エンターキーが押された。
「ふうん、……よし。わかったよ」
「ほんと?」
「ほんと。だけど、貴女から向かわないといけないね」
 そう言って、お姉さんが席を立った。
「案内するよ。あ、でもその前に……」
 お姉さんは帽子掛けにかかった黒い布を手に取り、少女の目が隠れるように巻いた。
「どうして、隠すの? こわいよ」
「ごめんね。でも、見えるから迷子になることだって、あるんだよ」
 少女の小さい手を、お姉さんは引く。
 お姉さんの冷たい手に、少女は引かれていく。
「まだ、まだ?」
「もう着くよ」
 重たい鉄が引きずられる音を、少女は聞いた。
「ここに、横になって」
 お姉さんにエスコートされ、少女は怯えながらも、少し硬いベッドに横なる。
「すぐに、ママに会えるよ」
 お姉さんの優しい声に、少女は考えることを止めた。
「はやく、帰りたいなあ。帰ったら、」
 少女の言葉を遮るように、お姉さんが横たわった小さな身体に、鎌を振り下ろした。


 少年の前で、姉だったモノが潰れて、道に転がっていた。
 そして、母が膝をつき、言葉を失っている。
 少年はそっと、母に抱きつき、肩を優しく叩いた。
「ママ、だいじょうぶだよ、大丈夫」
 やっと帰れた。
 そんな言葉が少年の胸の内に一瞬浮かんで、消えていく。

 


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〈 迷子センター 〉