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kurayami.

暗黒という闇の淵から

歓楽街の女に

「ご、ごめんなさい」
 塾の帰り。入れ替わりで登校してきた生徒にぶつかって、求められてもいない謝罪が私の口から出た。求められてないからこそ、相手は何も反応見せず、教室の中へと入って行く。
 浮いた私の言葉が死んでいった。私は、唇を強く噛んでいた。
 外に昼の面影はもうなかった。ラブホ街の奥に存在する、場違いな塾からとぼとぼと出ていく。意味有りげな複数の男女の組が、私の横をすれ違っていった。
 塾の帰り道に、性へと向かう女を見るたびに、私は酷く嫉妬をする。
 女としての幸せにも、快楽にも。いや、それ以上に私は……
 道路を走るヘッドライドが一瞬私を痛く照らし、賑やかな雑踏が街中から鳴り止まない。
 また、口内炎が増えている。


 何度も何度も迷って、躊躇って、でも先に行こうとしていた。
 このままじゃいけないとわかっているのは、三年前からの〈私〉で。これまでの〈私〉で。今ここに存在している私だ。もちろん、このまま生きていくことはできる。できるけど、けど。そんなものは、心を硫酸に浸したように、ぴりぴりと痛くて、吐き気が込み上げてくる。
 でも具体的に何をしたらいいのか、何が正解なのかわからなくて、どうしたら歓楽街の女のようになれるのかわからなくて、私は考えて、考えて。
 結局、誰よりも頼りになる〈私〉が指し示したのは、ピンク色の剃刀だった。
 どうやら、私は死ぬことでしか、この苦痛からは救われないらしい。
 だけど、私に増えるのは道ではなく、躊躇い傷ばかり。
 手首何度刃を当て引いても、流れる血は私を殺してくれない。そればかりか、私を色濃くしていく。
 平行線を重ねたところで、痛みが力強く、思考を外していく。
 塾の宿題が頭によぎって、ああ、私は何処までも、歓楽街の女になれないことがわかる。死を指し示す〈私〉の存在が何なのか、理解していく。
 きっと、私は一生、自身を自由に見せることなんて出来ない。
 だから、やっぱり、私は躊躇いを越えてでも、私を殺さないといけない。私が存在している限り、救われない。
 私は口内炎を噛み潰し、力強く、剃刀を手首に引いた。


 星空の存在をかき消すような眩しいネオンの光。賑やかな雑踏と、性に浮かれる男女が、愚かにも高らかにも、歓楽街を行進していた。
 ふと信号に立ち止まったとき、横に昔通っていた塾の生徒たちが並んだ。楽しそうに喋っているその声が幼稚で、とても耳障りだった。だから〈私〉は、はっきりと聞こえるように、吐き捨てるように言ってやった。
「うるせえよ」

 

 

 

nina_three_word.

口内炎

〈 躊躇い 〉

〈 示し 〉