kurayami.

暗黒という闇の淵から

飼育される正しさ

 小学校の校舎。鳴り響くチャイムが、三十秒遅れの授業終了時刻を告げた。しばらくして校舎から子供達が、黄色い声を上げて疎らに出てきた。
 背中に背負った、黒に赤。中には水色から緑まで。
 これからどこで遊ぼうか、今日はこんな面白いことがあったよ。そんな話題が飛び交う中、少女が一人、赤いランドセルを揺らし、小走りに校庭の奥へと向かって行く。
 飼育係りの少女は、網越しに白い兎の元気な姿を見ていつものようにホっとした。飼育小屋の歪んだ扉を開き中の餌皿を回収し、校舎へと向かう。
 途中、すれ違った男子生徒が少女に向かって、意味もなく「ばーか」と言い放つも、それを無視される。次にすれ違った女子生徒に少女は遊びに誘われるも、それを丁寧に断って、校舎へと入っていく。
 人の気配が減った校舎の中、少女は二階の職員室へと上がった。先生の「いつもありがとうね」という言葉と共に兎の餌を受け取り、少女は飼育小屋へと戻っていく。
 餌を食べる兎の背中を、少女が口角を上げて撫でる。こうして撫でることができるのは私の特権とでも言うような、独占欲に満ちた表情を無邪気に浮かべて。
 校舎から、最後のチャイムが響く。
 このチャイムも、この安全も、少女の兎と戯れる時間も。全ては秩序が有り、正しい。
 そして僕の願いは、この秩序を壊すことでしか叶えられない。
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 僕が今まで一人で暮らしてきた家の中、玄関から一番奥。白い扉を開けた先に、飼育係りだった少女が、閉ざされた窓を見つめていた。
 僕の方を見ると、か弱い声で「おはようございます」とだけ言った。僕もそれに「おはよう」と返す。敬語やめなよと言っているのに、なかなかやめてくれない。ランドセルも、いつまでそうやって抱えているつもりなんだろう。
 僕が仕事を辞めて、少女を誘拐して、飼育係りになって、一年が経った。
 最初の内は酷く泣き叫んでいた。何度だって元の世界に帰ろうとして、諦めようとしなかった。少女の健気さを保ちつつ、壊さないように。僕の世界に慣らすのに、だいぶ時間がかかった。
 その無邪気な美しさに、僕は惚れ込んでいた。幼さの中に芽生えつつある貪欲。教育され絶対に犯してはならないと思う罪、必要以上に求めてしまう罰。そんな健気さが心から欲しくて、ずっと見ていたくて、変えたくて、僕は少女を誘拐した。罪の意識なんて、そこにはなかった。
 少女が僕の作った料理を口に運ぶ。最近じゃ「美味しいです」だとか「ちょっとしょっぱいんですね」だなんて、感想を言ってくれるようになった。
 今ではこの無秩序が、少女にとっての秩序になりつつある。
 そのうち、笑顔が絶えなくなる。それが普通になった時、僕はまた、整った秩序を壊すだろう。
 何度も何度も壊して、その健気さが僕を独占しようとするまで。

 

 

 

nina_three_word.

〈 ランドセル 〉

〈 飼育係 〉

〈 無秩序 〉