ねえ。退屈じゃない?
僕もそう思ってた。だけど、卒業式中に筆談はまずいんじゃないかな。
大丈夫だよ。私たち後ろの方の、真ん中だし。それに最後の最後って、先生たちも喜んでるよ。
そうなのかな。そうだとしたら、かなしいなあ。
悲しいの。前から思っていたけど、健吾君って繊細だよね。
そうかもしれない。そうやってヤチヨに名前覚えてもらってるのも、なんだかうれしいし。
最後まで漢字弱かったね。八千代。全部小学校で習う漢字じゃない。
いや違うどの漢字か覚えてなくて自信がなかっただけだから。
そっかあ。
ごめん。でも、下の名前は書けるよ。陽子。
よくできました。ねえ。筆談って少し、ドキドキするね。
見つからないか、心配?
それもあるけど、手書きの文字、だけだからかな。
たしかに。八千代は字きれいだよね。
そういう健吾君は、字に癖があるよね。平仮名も多くて、子供みたい。
きずついた。
傷付くと思って言ったの。
なんでそういうこと言うかなあ。
最後だから、許して?
最後だなんて。これから先もあるのに。
あのね、私、健吾君のこととても好き。
どういうこと。
これ、一応告白ね。自身の気持ちを告げているのだから。でも、付き合いたいとか、思ってないの、思っちゃいけないの。
いつから好きだったのさ。
一年生の冬。一緒に帰ったとき。私の家の話を聞いてくれたときに、決定的に。
そうなんだ。うれしい。でも、付き合いたいとは思ってないんだ。
うん。というより、付き合っちゃいけないと思う。
どうして。
私ね。汚されちゃったの。先月。
どういうこと?
察しが悪いね。つい先月、梵木君にキスされたの。隣のクラスの。もちろん合意の上で。
そうなんだ。
健吾君の、上手いことフォローできない感じ好きだよ。繊細なのに。
いや、その、なぜか知らないけど、悲しくて。
もしかして、嫉妬してるの?
これは、そうなのかな。少し、なぜか、にくい。
ああ、やっぱり私、健吾君のこと好きだな。だけど、だから終わらせるの。待てなくて彼を受け入れた、私のために。
ぼくは、どうしたらいい?
教えてあげるね。この筆談した紙を、死ぬまでずっと持っていて。
うん、わかったよ。
この紙には、健吾君を好きな私と今この時間が、内包されているの。ここで私は生き続けるし、健吾君を愛し続ける。だからどうか、この紙が日に焼けても、色褪せても、何度でも読み返して欲しい。私からの、最後のお願い。
わかったよ。ぼくも、愛してる。
嘘つき、けど、そういうとこも知ってた。好きだよ。
nina_three_word.
〈 色褪せた 筆談 〉