「あら、キャベツ切らしちゃった」
日曜日、少しだけ陽が落ちた午後三時過ぎ。おやつに出されたホットケーキを口に運ぶ少年の前で、母親が呟いた。
「ぼく、買ってこようか?」
少年はお小遣い欲しさに、自分から申し出た。
「あら本当。じゃあ頼んじゃおうかしら」
「うん、任せてよ」
少年は最後の一口を食べ、お気に入りのショルダーバックを肩に掛けた。
「どこで買ってきたら良い?」
「少し遠いけど、隣町のあの、黄色いスーパーまで。お願い出来る?」
母親がしゃがみ込んで、ガマ口財布を少年に渡しながら言った。
「大丈夫!」
膨らんだガマ口財布をバックに入れ、少年は笑った。
母親に見送られ、少年が家を出て行く。少年が玄関を開けると、色が少し落ちた青空が広がっていた。
少年の家から隣町まで、小さな林を迂回する大通りを沿って歩く必要があった。
「どうせ行くなら、林の中を冒険していこうっと」
道の端を歩きながら、少年は林を目指す。
誰かの敷地であろう林は、手付かずで整備もされていない。少年は倒れた大木を乗り越えて、奥へと進んでいく。
ふと、少年は林の奥に、木が生えていない広けた空間を見つけた。真ん中には主役のように、レンガで作られたアーチ状の橋のようなものが建っている。
少年は警戒もせず建造物に近付き、登ろうとするが、急な角度で登ることが出来ない。その代わり、下の空間は大きく広がっていた。
「今度、ここを秘密基地にしよう!」
少年は良いものを見つけたと上機嫌に建造物の下をくぐり、隣町へと向かった。
林を突き抜け、大通りに少年が出る。車が数台通り、見計らって少年が渡った。
後ろを通った車に、少年が振り返る。
「……あれ」
少年は、通った車に違和感を持った。
「あっ……プラスチックだ」
その車は、プラスチックで出来ていた。よく見れば、大通りを走る車は全て、プラスチック特有の光沢を見せている。
「変なの」
そう呟いた少年の後ろを、猫にリードを繋げた女が歩いて行く。
少年は女たちが角を曲がる瞬間まで見届る。「わん」と、角の向こうで動物が鳴くのを少年は聞いた。
「変なの……」
町に並ぶ家は全て、地下に玄関があった。
町を歩く子供達は、全員サンダルを履いていた。
町の空の色は、ペンキを零してしまったようなべた塗りの青だった。
何処か、少年の町と間違いがあった。
少年は好奇心から間違い探しをした。間違いを見つけるたびに、少年は不安になっていく。
町の奥。少年は目指していたスーパーに辿り着く。
しかし、その色は黄色ではなく、赤色のスーパー。
「こんなところでなにしてるのさ」
男の子が少年に声をかけた。
「あ、ケンちゃん!」
少し息の上がった少年が、顔喜ばせて近付く。男の子は少年の友達、ケンだった。
「ねえ、ここのスーパーって、黄色だったよね?」
「ううん、元から赤色だったよ」
ケンちゃんが何気ない顔で言う。
「なんで、やっぱりおかしい」
「そんなことより、君はここにいていいのかい」
「どういうこと?」
少年が、息を上げて聞く。
「ここは、君が、君の身体が知っている空気とは、違うからね」
ケンは膝を突く少年を前に、続ける。
「いろいろな間違いがあるのは、そもそも世界が違うんだ。君は、僕の知る君じゃない」
遠くからケンを呼ぶ声がした。
少年の意識が遠のき、地面に倒れる。ケンの靴と、見慣れた靴を視界に入れ、最後にケンの声を少年は聞いた。
「君はこの世界に、不釣り合いだから」
nina_three_word.
〈 がま口財布 〉
〈 間違い探し 〉
〈 不釣り合い 〉