kurayami.

暗黒という闇の淵から

白カーディガン

 天使だと思ったのは、一瞬だった。


 夢を見始めたのは年が明けた頃、少しざわめきが足りない歌舞伎町でのこと。僕は個人で頼まれた仕事をするため、パソコンを抱えてカフェに篭っていたんだ。そのカフェに通い始めて三日目ぐらいかな、昼過ぎに、僕に仕事を任せていた友人に呼び出されたんだ。「今もしかして歌舞伎町にいる?」「ああ、良ければなんだけど、シネマの前まで来てもらえるか」なんて二往復のやりとりをして、僕は映画館の前に向かった。
 キャッチと行き交う人、少し汚れた映画館前。怪獣が見下ろすその場所に、長身にカジュアルな服装で身を包んだ友人と、並んで女性が立っていた。
 その容姿は、友人と同じ二十代前半、僕らよりは歳下に見えた。幼い顔。ダークブラウンに染めた腰までの長髪。紺色のシャツに白いカーディガン、紅色のプリーツスカート。四十弱デニールの黒タイツに、紅色のヒールを履いて身長を高く見せている。
「よう」
 友人は僕を見つけて手を上げた。
「やっぱり歌舞伎町にいたな。俺の仕事してたんだろ」
「そうだよ。まあ、たぶん。期限までに終わる」
 そう僕が言ったのは半分嘘で、実際は余裕がなかった。
 友人が隣にいた女性を紹介しないので、僕から聞く。
「そちらは?」
「ああ、こちら美優さん。坂崎美優さん」
 隣にいた女性、美優さんが小さくお辞儀をした。
「で、俺これから用事があってさ。例の仕事、全然期限伸ばしても良いからさ、彼女に新宿案内してくれねえかな」
 期限延長とは願ってもいない話だが、僕には女性をエスコートする自信はなかった。
「いや、でも」
「まあまあ。どうせ例の仕事、厳しいんだろ?」
 恐らく全てを見通している友人に、僕は何も言えなくなる。
 友人はわざとらしく携帯を見て「じゃあ後はよろしく」と言って、僕と美優さんを残して去っていった。
 友人の無茶振りには慣れていたが、こうして第三者を交えてのことは初めてだった。僕はどう声を掛けようかと迷って、一先ず美優さんを見た。
「あの、ごめんなさいね。巻き込んじゃって」
 先に切り出してきたのは、美優さんからだった。
「ああっ、いえいえ、むしろ光栄ですよ」
 意外にも僕の口は軽快だった。これはいけるかもしれない。
「新宿を案内、ですよね? 何処か行きたいところはありますか?」
「こんなこと言うのなんですけど、何処でも。新宿は初めてなもので……」
 白いカーディガンに半分隠れた手の甲を顎に添えて、美優さんは続ける。
「あの、期待しているので、お願いします」
 意地悪そうに美優さんは笑った。
 僕みたいに単純な男が落ちるのに、その女王様のような我儘な台詞と、無垢な少女のような笑顔は充分な理由となった。
 ゴールデン街を通り、花園神社。新宿御苑に行き、電車に乗って都庁。良い男ならもっと気の利いたデートをするのだろうと思いながら、駅前で夕食を取った。話を聞けば、美優さんは僕と友人の一つ上の年齢だと言う。
 帰る間際。美優さんは終電が無くなったからと言って、僕の袖を引っ張った。
 全ては、その日の出来事。
 そして、堕落していく日々の始まりだった。
 美優さんは事毎に僕を呼び、一晩を共にする。
 夜を重ねる中で、僕は美優さんを植え付けられ、溺れていく。
「今日も来てくれて有難うね」
 美優さんは、自然と僕の主導権を握り、我儘に行使した。そして、一切僕に隙を見せず、側にいることを〈許している〉……そうとでも言いたげな態度を僕に見せた。
「はやくして」
 しかし、そうはわかっていても、利用されるように扱われても、僕は美優さんから離れられない。
「お利口ね」
 飴と鞭をこの世で一番上手に使えるのだなんて、悪女の他ならないと身を持って知る日々の中で、僕は金と性を擦り減らし、美優さんに惹かれていった。


 悪魔に神聖を見出してしまえば、何への冒涜となるのだろう。
 
 
 
nina_three_word.

ファム・ファタール