kurayami.

暗黒という闇の淵から

無色透明無価値な僕

 何十年モノというワインに1滴の血が落とされたとする。
 人は「価値が無くなった」「もう飲めない」と嘆き、ワインを流してしまう。
 なんて、贅沢で愚かな価値観なんだろう。
 ああ、確かにそれは、何十年モノというワインでは無くなるだろう。二つの液体は混ざり、もはや綺麗に分離はされない。染み渡り、味をほんの少し変え、何よりも「人の血がそこに入った」という事実が生まれる。価値が変わるだろう。だけど、なにも価値が無くなるだなんて言うことはないじゃないか。
 この世界には、汚れることでしか、1滴もらうことでしか、価値が生まれないモノがあるんだ。
 少なくとも、僕がそうだった。
 花が綺麗だとか。昆虫のかっこよさだとか。友達と笑い合うことを良しとする意味がわからなくて、何が面白いのかわからなくて、可愛くない子供だった。
 親に逆らうことなく、褒められることなく、意思のないまま成長してきた。
 無色の青春時代を、ずっと過ごして、そのまま二十代になってしまった。
 僕の道標は、多くの他人が作り出した透明な〈正しい人生(笑)〉お手本に進むだけ。
 何の価値もない、二十年モノのつまらない真水。
 自身に価値を見出せなければ、希望も勿論ない。
 この先の時間に、生きる価値なんて無いと、ずっと思っていた。
 このまま黙って朽ちるか、自死しようかだなんて思っていたときだった。無色透明無価値の僕に、興味を持つ女の子が現れた。
「汚れてないのなら、汚してあげる」
 二十年、登場人物が僕だけだった人生に、通り雨のように現れた彼女は、そう言って僕の口の中に、1滴の血を落とした。
 彼女は、一つの命だとか、生きているだとか、そういうものには興味がないらしい。世間的に言えば、道徳心に欠けている。ただただ、そこにいたからマーキングしたいだけ。
 彼女は決して僕を好きなわけではない。正真正銘、振るわれるのは好意のない純粋な、独占欲。
 しかし、好意なんて僕には必要ない、関係ない。その1滴が、酷く嬉しかったんだ。
 汚された、侵された、染められた。彼女が僕の中に入ってきた。ああ、そんな事実は幾万億の細胞の世界じゃ、些細で無いに等しいことだろう。だけど、それでも何故だか嬉しくて、悲しくて、涙が出てくる。
 僕はもう、これ以上のモノはこの世界に望まない。
 彼女が望む通り、僕は彼女のモノとして、この先も生き続けよう。
 1滴の血が僕に価値を与えた事実を、この寿命が尽きるまで。
 例え、彼女が生き絶えたとしても。
 


 
nina_three_word.

〈1滴〉から始まる物語。