kurayami.

暗黒という闇の淵から

愛憎劇“心の形”

 人に溢れた街。流れに、信号に、暑さ涼しさに。都合に左右されて、人々が動いている。
 揺れる心を、頭上に浮かして。
 私には、人の心が、形になって見えるの。

 初めて見えるようになったのは、中学生のときだった。思春期の真っ只中、性に将来に友人に親に恋に悩んでいた私は、教鞭をとっていた教師の頭上に、それを見た。
 殆どの人は球体の形となって現れる。というのも、その人の本質を核に、心が形成されるようだ。そして月のように、その表面は凹凸としたクレーターがあり、満月と新月のように明暗がある。不安定で、トラウマがあるような人は凹凸が多い。暗い感情が多ければ、三日月のように明るい部分が少ない。
 心が見えるようになってわかったのは、表情なんて宛にならないということ。暗い顔をしてるほど、綺麗な心を浮かせていたりするし、明るく振舞ってる人に限って、荒れ果てた淀んだ心を浮かせていたりする。
 人は結構、天の邪鬼だ。
 ふと顔を上げたら、彼の心が人混みの上に、ふわふわと浮いているのが見えた。もたもたと、近付いて来てる。ああ、待ち合わせた彼がもうすぐでここに着く。
 その心は、凹凸が無く、暗いところが一切ない。真っ白で無傷な、球体の形。
「ごめん、ごめんね。待たせちゃったね」
 はやく来たのは私なのに、彼は一生懸命謝った。
「そんな、貴方は時間通りに来たじゃない」
「いや、でも、待たせちゃったし」
 ああ、どうしてそんなに、純粋なのだろう。
 初めて、初めて大学でその無傷の心を見たときは、本当に驚いたの。今までそんな心は、見たことなかったから。そして驚いたのと同時に、彼の美しい形に、私は恍惚とした。
 興味、好奇心と、私のモノとして彼の心を手に入れたくて、彼を落とした。
 その無傷は、どうやら二十数年間の奇跡的な幸運と、彼の人柄の良さから成り立っていた。身の回りに恵まれ、酷く愛され育ったみたい。
 まるで少女のような心の形。そんな彼が、とても、愛おしい。
 でも、そんな純粋無垢な美しさに、酷く嫉妬して憎んでいる、今の私がいる。
 気付けば私は、彼の心の在り方を、酷く羨ましがっていた。彼に向けている愛に並行して〈私自身が理想としてしまった心の形に向ける、愛〉があることを知った。憎悪に駆られた私の心は、酷く荒んで、クレーターだらけで、影をを落としてしまっている。
 だから、それならいっそ、そんな憎しみを無くすためにも、彼の心をずたぼろにしたくなった。削って、穴だらけにして、真っ黒にして、球体とは程遠い形に。
 少女のような彼に侵蝕するのは、心の形が見えている私にしか出来ない。
「さあ、行こうか」
 彼が笑顔で私の手を取る。
 ああ、その笑顔を、はやく歪ませたい。
 私は応えるように、笑顔でその手を取った。

 

 

 

nina_three_word.

〈 球体 〉

〈 無傷 〉

〈 愛憎 〉