唯一無二、僕だけの、最愛の恋人だ。
艶のある首までの黒い髪。鎖骨下の誘惑の黒子。黒とワンピースが良く似合う、その白い肌。ナチュラルメイクと浮いた紅色の唇。筋の通った高い鼻。堀の深い見透かしたような〈笑み〉が似合わない瞳。
そんな魔女のように美しい恋人は、耳に髪を掛けて、僕によく手を差し伸ばしてくれた。
「はやく行こう」
「ねえ、心配しないで。大丈夫よ」
「こっちにおいで」
それが癖なのか、計算なのか、そんなものはわからない。けれど、その伸ばす手がまるで、魔法のように僕を安心させる。
天使のように、慈愛に満ちた精神を持っていた。口を出すこともなく、僕の知らないところでいつの間にか助けてくれていた。僕が僕を止められず、疲労に殺されそうになったときは後ろから優しく抱きしめてくれた。「愛してる」とは口に出さず、態度で示すような愛を注いでくれていた。
そんな恋人の、魔性の美しい容姿も、天性の慈愛に満ちた精神も、とても神々しくて、僕にはもったいないと泣きそうになる。
故に、恐ろしい。
こんな、僕みたいな男と一緒にいていいのか。僕は何も与えることが出来ていないのに、そんな愛を受け取ってもいいのか。
むしろ何故、僕なのだろう。何か目的があるとしか思えなかった。知らない間に、目に見えないモノを搾取されているのではなかろうか。
恋人の神々しさへの不安は、いつの間にか、恐れへと変わっていた。
人が神を恐れるのは、自然なことだと思う。それは納得が出来る。
人が人を殺すのは罪だ。
だが、人が神を殺すのは、罪になるのだろうか。
歪む顔が見たくなくて、僕の部屋の窓から外を眺めていた恋人を、後ろから一思いに刺した。思ってたより柔らかい肉の感触。抵抗がなく入っていくナイフは、恋人の中でナニカに当たって止まる。
恋人が振り返ろうとして、僕は思わず叫んだ。ナイフを引き抜き、再び刺す。また引き抜いて、抉るように刺す。何度も繰り返して、八つの穴が恋人に空いた。脊椎が薄く浮き出た、綺麗な背中はもう見る影もないだろう。
恋人が、前のめりに倒れそうになって、僕は反射的に支えた。頭の中で取り返しのつかないことをしたという後悔と、やってやったぞという虚しい解放感が渦巻いて、混ざらない。
止まらない血が、僕たちと床を濡らす。
虚しい解放感を含んだ感情が、最後にその死に顔を見たいと望んで、僕は恋人を上向きにした。
目をぎゅっと閉じたその顔は、その紅色の唇は、笑みを、浮かべていた。
「大丈夫だよ」そう、言ってるかのように。
僕は震え、怯えた。
恋人の艶のある黒髪は、血に濡れて乱れている。温度を失っていくその肌は徐々に冷たくなっていく。
何よりも、真紅の血が微笑みを浮かべた恋人の遺体を、美しく飾っていた。
ああ、なんてことだろう、
神々しさは、僕には殺せないのか。
nina_three_word.
〈 最愛 〉
〈 神々しい 〉