kurayami.

暗黒という闇の淵から

Hの怒り/一人も残さない

 燃え盛る炎の中で、男は愛する恋人を手に掛けていた。
 男の拳は恋人の胸を抉り、中の内臓を引きずり出し黒く焼いている。嗅いだことのない臭いが、男の鼻についた。
 男はその殺害を望んでいなかった。意思とは関係なしに暴走する身体。全ては奴らの仕業。
「一郎……助け、て……」
 男……前田一郎の恋人は死に際、空に向かって、呟いた。


 このまま幸せが続けば良い、そう願うのは当然で、日常の中で意識するはずのないことだ。
 そう思っていたと気付くのは、全てが終わった時。
 仕事を終えた一郎が、恋人が帰りを待つ家へと帰宅していたときのことだった。最寄駅に着いたとき、謎の武装集団が駅を襲っていた。逃げ遅れた一郎は、武装集団の攻撃に巻き込まれ気を失ってしまう。
 一郎が次に目を覚ますと、見覚えのない輸送車に乗っていた。不思議なことに一郎の意思とは関係なしに、身体が動いている。まるで、意思が身体に閉じ込められているかのように。
 得られる情報は、勝手に動く身体の目から見える景色だけ。
 その景色から一郎がわかったのは、駅を襲った武装集団が〈アクノ〉と呼ばれる組織だということ。〈アクノ〉は表向きは軍事利用兵器の開発をしているが、真の目的として世界から〈感情〉を消そうとしている。ボスと呼ばれる存在がいる。
 そして、自身が〈アクノ〉怪人として、洗脳身体強化改造手術をされてしまった事実。
 窓や鏡に映る一郎は、禍々しい姿をしていた。
 燃え盛る炎。一郎は、恋人を焼き尽くし黒く焦がす。それが怪人として初の仕事。自身の感情を殺すために〈アクノ〉が命じた仕事だった。
 一郎は咆哮した。それが自身の哀しみの感情なのか、それとも怪人として興奮している歪みなのか。もはや一郎にはわからない。
 そして今まさに、一郎が感情を失おうとしたとき。炎の中からサラリーマン風の男が現れた。
 男を認識した一郎が、殴りかかるように襲いかかる。男はその腕を抱えるように受け止め、手に持った注射器を一郎の首へと打ち込んだ。
 また一郎が気を失う。今度は、眠るように。
 一郎が次に目を覚ましたとき、目の前には夜空が広がっていた。隣にはサラリーマン風の男が、風に上着をなびかせ、缶コーヒーを片手に立っている。
 その男は〈アクノ〉の野望を阻止するため秘密裏に、孤独に、戦っていた。
 そして、低確率で洗脳を覚ませる血清を手に、協力者を探していたのだ。
「なんで、俺を」
 一郎が男に尋ねる。
「……あのとき、お前が泣いていたからだ。理由はそれだけで充分だろう。お前なら、感情を失わず戦い続けれる……ってな」
 男が一郎に缶コーヒーを渡して、そう言った。
 しかし男は「だが強要はしない、お前の道はお前が決めるんだ」そう言って、一郎の前から姿を消した。
 一人となった一郎は、炎の中での光景を思い出し、全てを吐き出し泣いた。幾晩も泣き続け、何時までも。
 そして泣き果てたとき、一郎の感情に、火が灯る。


 街中。青い細胞を身に纏った複眼の怪人が、無差別に殺戮の限りを尽くしていた。
 足を挫いて逃げ遅れた、男のコンビニ店員に怪人が気付き近づいていく。しかし、それを遮るように、一人の男が……一郎が、間に立った。
 怪人を睨め付け一郎は、覚悟するように、静かに強く言い放つ。
「変身」
 その言葉に呼応するように、一郎の顔に涙跡のような模様が浮かび、全身の細胞が瞬時に変化していく。
 黒く、鉄のような禍々しい肉体。仮面のような顔面。紅い目。鬼のような角。
 その身体は、炎に包まれていた。
 一郎は間合いを詰め、怪人に殴りかかる。二発目が当たり、よろめいた怪人に複数当て、最後の一発を、怒りを込めて放つ。
「奴らに感情がないのならば、俺が取り戻す」
 青い血を流す怪人に対峙して、一郎が言い放った。
「そして、奴らの大切な者たちを、一人残らず目の前で殺す」
 その目には、身体には、復讐の炎が燃えていた。

 

 


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〈 改造 〉
〈 応酬 〉
〈 涙跡 〉

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