「大丈夫、心配しないで」
私は彼が投げつけて割った白い皿の破片を、怪我をしないように拾った。
「何が……何が大丈夫なんだよ」
彼は声を荒あげて怒る。ああ、すぐにでも、何か物を壊しそうな勢いだ。そう察した私は、静かに彼に近付いて抱き寄せる。
「うん、うん。大丈夫。私がいるから、大丈夫よ」
もちろん私には、彼が何に怒っているかなんて事はわからなかった。だって、そんな事は重要じゃないから。
重要なのは、彼がこれ以上物を壊さないようにする事。
彼を、甘やかす事。
歳下で未成年の可愛い彼を捨てたのは、当時彼の恋人だった私の友人。街中でバッサリ「もう無理だから」と友人が彼に告げ去った。決め手は彼の配慮の無い一言。友人に依存していた彼は途方に暮れ、その場に座り込んでいた。
たまたまそこに居合わせた私は、すぐに弱った彼を拾って、連れ帰った。
その飼い主が必要で、他人がいないと生きていけなさそうな幼さに。今にも餌を与えないと死んでしまいそうな弱さに、私は保護欲が湧いてしまったから。
連れ帰ってからというもの、私は毎日のように彼を甘やかした。
毎日のように彼に美味しいご飯を作ってあげた。
毎日のように彼を気持ちよく果てさせた。
彼はどんどん駄目になって、堕ちていく。大人になれまま、子供のまま、成人の時を迎えてしまった。
きっと彼はもう大人になれない。元々大人にするつもりなんてなかったけれど。
ただ、大きな子供の躾は大変ね。殴りかかってくれば私は大怪我をするし、家出をすれば夜中は帰ってこない。私の元に繋ぎ止めておくには大きすぎて難しい。
でも、大きな〈偽りの子供〉であるからこそ。罪悪感無しに、容赦なく離さないように、遠くに行かないように、密かな束縛が私には出来るの。
どんなに彼が怒っても、泣いても、不安に怯えても。私は「大丈夫」と甘やかして、私に依存させて、日々離れないように駄目にしていく。
彼ね、はたから見たらどうしようもないクズに見えるかもしれないけれど、根はとても良い子で優しいのよ。そんなとこも好きだから、いつまでも側に置いておきたいんだけれど。
もちろん、私も彼に依存してしまっている。呪いのように、甘やかして意思を彼に向け続けたことによって、私は彼の存在に支配され切っていた。
今目に見える余生はきっと、可愛い彼を生かし、甘やかし殺し続けるでしょう。
離れてしまえば死んでしまうように、私がいなくなれば探すように。
ずっとずっと、子供二人で生きていきましょう。
nina_three_word.
〈 ピーターパンシンドローム 〉