「へえ、結構綺麗な部屋じゃん」
少し酒に酔った彼女は、僕の部屋を見渡して言った。そんな彼女を見ながら、蛇口を捻りコップに水を注ぐ。僕も、酒に酔わされていたから。
「駅から遠い分、しんどいし不便だけどね」
「えーでも、駅からここまでいろんなお店があって楽しかったよ? あ、明日のお昼さ、あの古着屋見てみたいなあ」
そう言って彼女は、小さなベランダへと続く硝子窓から、真っ暗な外を覗いている。
「ああ、もちろん構わないよ。あとは、あれでしょ。駅前のカレー屋も気になってなかった?」
僕が今日を振り返って言った。
「カレー屋! よく覚えてたねえ、偉いぞう」
「あそこのカレー屋は美味しいよ。僕のオススメはバターカレーなんだけど、嬉しいことにゆで卵が二つも入っているんだ」
僕の言葉を合図に、機嫌良く鼻歌を歌い始めた。恐らく無自覚、敢えて指摘しないようにする。
ふと、外を覗いていた彼女が声を出した。
「あれ」
「どうしたのさ」
「なんか、バケツ多くない?」
彼女が見つけたのは、ベランダに積み重なっていた、バケツ。
その一言に、僕の酔いが醒める。
「あ、ああ。買い溜めしたんだ。なんかすごく、安かったから」
「ええ、バケツなんかあってもさあ、そんな使わないでしょ? あ、今度バケツプリンでもやる?」
陽気な声で、彼女が笑いながらそう言った。
「いいね。バケツプリン」
僕は、酷く酔っていたようだった。
焦燥が、内側から外側へと濃く滲み出る。
「あ、そうだ。お風呂見てもいい?」
「駄目だよ」
彼女の言葉に、つい、即答してしまった。
「え、なんでよう」
「いや、酷く散らかってるからさ」
「何言ってるの、どうせ君のことなんだから綺麗なんでしょ」
そう言って風呂場に向かおうとする彼女の腕を、僕は握った。
「え、どうしたの」
彼女が動揺する。しかし、僕は彼女以上に、焦燥に心を揺れ動かされていた。
僕は、彼女の腕を握ったまま、抱き寄せる。
「今日は、離れたくない」
風呂場には、行かせては行けない。
「なあに、酔ってるの? 可愛いなあ」
「んー」
あれを、見られてはいけない。
「珍しく甘えん坊さんだねえ」
「今日ぐらい、いいだろ。ほら、ねえ、ベッド行こうよ」
あれを、知られてはいけない。
洗面所の奥。クリーム色の風呂場。浴室の中。
四つのバケツが、たぷたぷに満たされて並んでいる。
バケツ持ち上げた時の重みが好きな僕の、好奇心と自己満足のためだけに散ったあれらをもし、彼女に知られたら。
また、バケツが増えてしまうから。
nina_three_word.
〈 バケツ 〉
〈 あれ 〉
〈 焦燥 〉