「ああ、聞いてください。私ずっと、頭が痛いんです」
女が主治医にそう訴えた。
「ふむ。風邪というわけではなさそうですね。というと、やはり……以前仰っていた通り、仕事が辛いですか?」
「……ええ、とても。仕事に行くことを考えるたびに、痛みは増していって」
俯いて、懺悔をするように女が言う。
「そんな自身を追い詰めないでください。決して貴女は悪くないのだから。大丈夫です、私と共に治していきましょう」
「先生、先生……」
女は他に頼るものがないように、主治医に縋った。
主治医が笑みを浮かべる。
「何度でも言います、大丈夫です、私が治します。ああ、そういえば今日、頭痛持ちの患者さんに対するカウンセリングを実施しているんですよ。もし良ければ、帰りにでも」
そう言って主治医がメモを取った。
「少し遅い時間になるのですが、絶対に貴女の力になると思います。ぜひ」
主治医が女に渡したメモには『一階 会議室F 二十時から』とだけ書かれている。
「本当に何から何まで……有難うございます」
「なんてことはありません。私は貴女方の、味方ですよ」
時刻十九時五十分。
女はメモの通り、会議室Fの前に来ていた。
「失礼します」
小さくノックをして女は中に入る。小綺麗に整理された会議室の中には、もう一人男が座って待っていた。
女は男に会釈をして席に着く。しばらくして時間になり、主治医が慌てて会議室に入ってきた。
「すみません! 少しだけ別の準備に呼ばれてしまって……本当に申し訳ないです……その、十五分ちょっとで終わるので……」
主治医がそう言って深く頭を下げる。
「ああ、私は別に構わないですよ」
「僕も大丈夫です。気にしないでください」
男と女が、微笑んでそう言った。
「ああ、良かった……二人揃って。あっ、これもし良ければ飲んでください。色が青くて不気味と思うかもしれないんですけど、頭痛に効くハーブティーなんです」
両手に持っていた紙コップを、主治医が二人に渡す。
「本当にすみません。またすぐ戻るので」
申し訳なさそうに主治医がそう言って、会議室を出て行った。
しばらくして、男と女が青いハーブティーに口を付ける。
眠りについた男と女。即効性の毒物が入った注射を主治医が二人に打ち、殺していた。
数分後、完全に絶命した頭痛持ちの男と女を、主治医が並べ始める。
主治医は人形遊びをするように、二人を抱きつかせたり、唇を重ねさたりしていた。
胎児のように丸まった二人が、お互いがお互いの頭を両手で覆っている……痛みを癒し合うような形が出来た時、主治医が満足の笑みを浮かべる。
まるで、作品を作り上げた、芸術家のように。
「なんだか、あれ以来とても不安で」
少年が主治医にそう訴えた。
「ふむ……希望が見えない、その様な不安ですか?」
「はい、希望なんて、もうわからないです」
暗い顔をして、少年が言う。
「もう、とても、絶望的? 色で言えば黒でしょうか」
「絶望的です。黒……いえ、白ですね」
白、と言う少年の答え。
主治医が、笑みを浮かべる。
「大丈夫です。私が治しますよ。ああ、そういえば今日、ちょうどメンタルケアの集まりがあって……」
また一組、神経衰弱の恋人が出来たと、喜びの笑みを浮かべて。
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〈 神経衰弱 〉