kurayami.

暗黒という闇の淵から

ヒメウツギに保たれる

 もう。また、貴方から匂ってる。
「ええ、そんな臭いかなあ」
 臭くないよ、いつも通り私の好きな匂いだよ。そう言って私は、貴方に抱きついて甘えた。
 そうじゃない。ううん、そうじゃないの。そんなことを言ってるわけじゃない。貴方、最近私以外の女と会ったでしょ。何故かしら、わかるのよ。女の勘? シックスセンス? いや、これはきっと、恋人的嗅覚ね。いや、犬って言えば、確実に貴方のことなんだけれど。駄目で頭の悪い犬ような貴方の代わりに、私が嗅覚を持ってしまったみたいね。まあ、貴方には不要な嗅覚だけど。宝の持ち腐れ以上に、私が悪いことをしないわ。
 さて、お相手は誰かしら。そうね、うん。きっと、高校のときの後輩ちゃんでしょ。なんでわかると思う? 何故かしらね。貴方が信頼していて相談する相手なんて、後輩ちゃんぐらいだから、かしら。それともさっき、携帯の画面に後輩ちゃんの名前で通知が来ていたせいかしら。ねえ。私以外の女に会うだなんて、なに考えてるの。許さないわ。嫉妬して拗ねて狂って焼身自殺しちゃいそう。
 ……なんて、口に出して言わない。私は貴方と違って利口ですから。
 でも、匂いはそれだけじゃない。貴方、なにか、私に嘘ついてる。
 ねえ、今度の木曜日は会えないの?
「ああ……ごめんな。その日はまた仕事が入って……ごめん」
 そんな毎週、貴方の定休日である木曜日に、仕事が入るかしら。この前たまたま、偶然、意図せず、貴方の仕事場の前を通ったの。そしたら、不思議。門は固く閉ざされていて、看守さんすらいない。でね、心配になって貴方の職場に電話掛けちゃったの。それはごめんね。だけど謝るのは貴方じゃない? だって電話に誰も出ないんだもの。おかしいわよね?
 隠し事してるのね。まあ、そんなこと貴方に問いただせない、けど。
 言わないから匂いは、どんどん強くなっていくのよ。ねえ。
 じゃあ、じゃあ、今度の日曜日は? 会ってくれないの?
「ああ、もちろん。会う。会うよ。これからの毎週日曜日は貴女にあげたって良い。だから、出来るだけ長くいよう。……いてほしい」
 そう言って、貴方が寂しそうに笑った。
 ねえ、なにを、匂わせてるの。
 なにを隠してるの。
 私はあと、どれぐらい貴方と一緒にいれるの。そんなまるで、死を悟ったような顔をしないで。ねえ、ねえ。
 けど、そんなことを問いただしたら、貴方が望む〈秘密という形で保たれている今〉が、崩れてしまうのね。
 良いわ。私を不安にさせてまで保ちたいのでしょう。もう、知らないんだから。
 私は、貴方にとっての、良い女でいるだけ。
 こんな小賢しくて狡い私と、死ぬまで一緒にいてくれる、貴方のために。

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 小賢しい 〉
〈 匂わせる 〉