kurayami.

暗黒という闇の淵から

生きること、この世界のこと

 突然の天気雨が、過疎化した町に降り注ぐ。私は思わず、だいぶ昔に閉店されたカフェの屋根を借りて、雨宿りをした。夏の熱気を暴力的に冷ますように、雨音が地を心地良く叩いてる。高校の帰り道、少し短い夏服のスカート。
 今日は終業式間近だからって、少し嬉しいことに午前授業で高校は終わったんだ。だから今日は、カフェに寄り道して、読めてなかった小説をフレンチトーストをお供に楽しんできた。そんな日の帰り道。
 家に帰るには、ここから歩いて十五分。傘のない私はこの天気雨の中を歩く術を持たない。
 でもきっと、すぐに止む。こんなに勢いが良いのなら、雲の中の水溜まりもすぐに底をつくだろうから。
 右を見ると、枯れ果てた植物の中から新鮮な向日葵が顔を出していた。足元を見るとカナブンの死体が落ちている。はしゃぐ声が聞こえて前を見れば、二人の少年が傘も差さずに、まるで濡れること楽しむように走っていった。
 そしてやっぱり、シャワーの蛇口をゆっくり閉めるように、天気雨が止んだ。
 油蝉の鳴き声。見上げれば大きな入道雲が、大きな威圧感を放って、だけどふわふわと、青空の主役を独占して浮かんでいる。
 ここは確実に、夏の入り口。
 けれど、この世界は、もう。
 涼しくなった町に、私は足を踏み出した。人がまるっきりいなくなった町。それはこの町に限ったことではないけども、犬の散歩をしていたお姉さんに挨拶が出来ないこと、隣の太郎君ともう遊べないこと、日常がどんどん欠けて無くなっていくことがとても、寂しい。
 通りかかった家で、泣き声が聞こえた。聞き慣れた〈生きることを盲信して、未来を覚悟していたはずだった〉泣き声だ。ああ、ここは村上さんちの。じゃあ、ここはもう、お婆ちゃんだけになるんだ。また、欠けてしまった。
 有害機能酸素。
 この〈生きるための毒〉が嬉々として世界にバラ撒かれたのが、私が中学生のとき。酸素不足という過去の人たちの後腐れ問題は、私が生まれる前からあった。頭の良い学者さんたちはどうにかして人工酸素を作り出そうとしたけど、どうしても実験の末に辿り着くのが、有害でありながら生きることを機能させる酸素。
 酸素に飢えていた人たちは、喜んで呼吸マスクを投げて、有害を受け入れた。
 有害機能酸素は生物を生かす一方で、気まぐれに身体を劣化させ、弱らせて殺す。
 時間をかけて身体を壊す人もいれば、ある日突然死ぬ人だっている。
 私の学年も、五クラスもあったのに、今じゃ一クラスだけになってしまった。
 百合ちゃんはもう、いないんだ。一緒にもうお弁当を食べれない。
 私は運が良いのか悪いのか、黒い血の塊を吐く程度に留まっている。だけど私だって、妹みたいに突然死ぬかもしれない。
 そんな死を考えて、死にたくないって思う一方で、疑問に思う。
 有害を受け入れてまで、生きることは正しいのかって。
 みんな、盲信してる。生きること。未来を。死ぬことは怖いことで、痛くて辛いことだって。
 もういい加減みんな気付いていて、口には出していないんじゃないかな。
 取り残された側からしてみれば、この世界はもう、地獄なんだってことを。

 

 

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 盲信 〉
〈 後腐れ 〉
〈 有機酸 〉