扇風機だけが頼りの、蒸し暑い夏の夜。
枕元にある携帯のディスプレイが、ぼんやりと暗闇を明るくした。
一回、そして二回三回と、携帯がモールス信号のように振動する。
また、あの人だ。
もしかしたら別の人かもしれない。あの子かもしれない。だけど、この切なそうな振動はきっと、あの人。
私は携帯を見ることもなく、寝返りを打った。窓の外を見れば、街灯が真新しい緑を照らしてる。
あの人と分かれて、もう一ヶ月だ。
あの頃はまだ梅雨に入ったばっかだった。多くの花がまだ目立つ頃、多くの花が枯れかけた頃。私に、小さな不幸が幾つか降りかかって、頭がすぅっと冷めていた夕方。そんな時、たまたまあの人から来た子供っぽい電話が来て、私は恋路に限界を感じてしまった。
「ねえ、貴方との先が、私には見えないの」
だから、別れましょう? そう言ったのは不機嫌だった私の、気まぐれ。
心の底から私を愛していたあの人は、あれからずっと、必死に抗ってる。
今も、今晩も。その必死さが、とても哀れ。
一ヶ月、一ヶ月か。こんなにも長い間、あの人と会話してないのは初めてかもしれない。話さないことで、距離を置くことで、盛り上がっていた気持ちが落ち着いて、いろいろな物が目に見えてくる。思っていたよりあの人は頭が悪いことや、私はあの人に会わなくても大丈夫なこと。
でも、やっぱり、とても寂しいということ。それもそうか。今まであったモノが、中央を占めていたモノが無くなれば、心にはドーナツのように穴が空く。
ぽっかり。でも私は意図的に空けたから、ある程度こうなることはわかっていた。けど、あの人からしたら、突然、気まぐれに後ろから刺されたようなものだ。きっと驚いただろう。びっくり、したんだろうな。
今もまだびっくりしてるから、私に縋っているのか。別に愛してるわけじゃないのだろうか。
……なんて、またこうして夜にあの人を想ってしまって、悔しい。突き放した私が、恋い焦がれる必要はないのに。
私はあの人が好き、だった。いや、今でも。まさか。
ああ、哀れなのは、どっちだ。
また携帯が振動した。今度は二回。たぶん「白木さん」「おやすみなさい」だ。
あの人は、私が貴方を想い恋い焦がれる今も、この蒸し暑い夏の夜の中で。あかぎれしそうな孤独な寒さの中、哀れにも凍えて、気まぐれな私を求めている。
そう思うと、私は頬が緩み、幸福感を覚えてしまうのだ。あの人は苦しんでいるというのに。
だって餌も無しに求めているなんて、とても忠実で可愛いから。
だから、あの人のことは、もう少しだけ、このまま。どうか気まぐれな私に、付き合って。
そう思って、今日も私は「おやすみなさい」を、独り言のように呟いて眠りに就く。
nina_three_word.
〈 哀れ 〉
〈 まぐれ 〉
〈 あかぎれ 〉