kurayami.

暗黒という闇の淵から

一人家焼肉

 一人暮らしの男が、家で寂しく焼肉をしちゃいけないなんてルールはない。
 むしろ一人だからこそ、家だからこその自由がそこにある。買う肉、焼く肉に文句を言うヤツもいない。焼くペースをいちいち気にする必要がない。焼きそばの気分になれば、突然嵐のように焼きそばを投入されることも許される。冷蔵庫の余り物を適当に焼いて食うのも、節約を兼ねて楽しい。好きな酒と一緒にテレビを見ながら焼いて食うことも幸福。一人家焼肉は最強なんだ。誰にも文句を言わせない。
 難点があるとしたら、文句を言うヤツがいないこと。それはつまり、とても寂しいということを意味する。何より、ホットプレートの洗い物がしんどい。
 結局のところ、家焼肉に誘うヤツがいない。
 家で焼肉をしようだなんて思う日は、四ヶ月に一回、自身にご褒美を与えたくなった時だ。ちなみに、家焼肉をご褒美として自身に与えたくなったときってのは、心に相当キてる。
 今日はそんな、俺へのご褒美の日だ。
 買ってきたのはハラミ、ホルモン、焼きそば、そして今日の主役ラム肉。久しぶりのラム肉は絶対に美味い、今日食べるべきだと脳で直感を得た。海鮮系も買いたがったが……いまいち惹かれるモノがなかったし、ラム肉の臭みには絶対に合わないだろう。今日は無難に王道と見せかた洒落家焼肉だぜ。
 冷蔵庫に買ってきた肉を入れ、台所戸棚にあるホットプレートを取り出す。黒をベースに赤いラインが入ってるカッコよくてイカしたヤツなんだが、こいつには秘密がある。
 安全設計システム。なんとこいつは、肉が置かれるまで余熱を保ち、それ以上の温度にならないよう設計されているんだぜ。高温火傷させないためだってさ、優しいヤツだろ。この手の安全設計をフールプルーフというらしい。まあ、それに関してはあまり俺に関係ない。こいつの面白いところはこのフールプルーフの延長線上のシステム、自動焼き加減だ。肉が置かれると焼き加減を感知して、火力調整を自動でしてくれるんだ。便利だろう。たまに他の肉の焼き加減に引っ張られて狂うことがあるが、まあ、たまにだ。基本的には機能する。
 熱く長々と語ったが、つまり楽しみでしょうがない。酒は用意した。観たい番組の五分前だ。ホットプレートはコンセントに繋げて余熱を保っている。
 あとはこのラム肉を机に持っていくだけ。思う存分焼いて、腹いっぱいになってやる。
 そう、思った瞬間だった。
 右ポケットに入っていた携帯が振動した。俺は左手にラム肉を持ち替え、右手をポケットに入れる。しかし、携帯を取ることに気を取られ、足が扇風機の電源コードに絡まってしまった。
 体勢が前のめりに崩れる。左手はラム肉が乗った皿を無意識に離さず、右手はポケットに入れたままだった。ラム肉が舞うのと共に、顔が綺麗にホットプレートの中へと入る。右頬から着地し、痛えと思った一瞬の衝撃の後に、チリッとした熱が俺を襲った。
 咄嗟に顔を上げるも、右手はポケットに入れたまま、左手は……本能的にホットプレートの電源コードを抜こうと探し暴れ回っていた。上げた顔が再びホットプレートに戻される。厚みのある熱を頬で感じ取り、俺は確実な火傷をした。
 痛みと熱から逃げる為、今度こそ左手を地面につける。
 だが、同時に暴れていた足が、俺の後ろにあった本棚を蹴っ飛ばしてしまった。
 本棚が転んだ俺同様に前のめりに倒れ、俺を潰し、ホットプレートへと押さえつける。
 両腕は本棚の中に肘ごと組み込まれ、動かせない。
 ホットプレートが俺の頭を大きな肉として感知し、全体が焼きあがるように火力調整を始めた。頬に穴が空くような激痛が走り、目はカスカスに乾いて開けられない。
 じわじわと焼かれていく。頬の感覚は無くなっていく一方で、何処の箇所かわからない激痛だけが頭を揺らす。
 叫び声を上げようとも誰も助けてくれない。全ては一人で始めたことだ、当たり前だ。
 熱い、痛い。
 第三者であれば笑いたくなるような不幸の中、俺は一人家焼肉を後悔していた。

 

 

 

 


nina_three_word.
フールプルーフ
〈 ホットプレート 〉