kurayami.

暗黒という闇の淵から

駄目人間

 終電過ぎの駅には、くたびれた人間しか存在しない。
 それは駅前に設置された、小汚い喫煙所にも。取り残された奴、残ることを選んだ奴、これから家に帰る奴。疎らにしか立っていないこの喫煙所の人間は皆、平日の一日に殺されかけている。
 例外なく、残業上がりで家に帰るだけ俺だって、そうだ。
 とてもじゃないが、今は愛想笑いをする気も起きない。背筋を伸ばして歩くことも、空を見上げることも出来ないだろう。鞄に入れたイヤホンを取り出す気だって全く起きない。身体はくたくたに疲れて、骨の隅々が悲鳴を上げていた。
 煙草が最後の味と共に燃え尽きる。吸い殻を捨て、重たい足を自身の家へと向けた。
 家に帰れば、描きかけの油絵が待っている。仕事に向ける熱意や感情が趣味に向けるものと違っていたとしても、疲労は同じ身体へと積もっていく。そもそも趣味のために仕事をしているのだから、疲労に疲労を重ねているのも残酷だ。
 生きる上で、動き生活する上で、身体を駄目にしていくには限界がある。
 まず意思がリミッターとして働く。自意識がこれ以上疲れさせまいと何かと理由付けをして、根刮ぎやる気を奪っていく。皮肉なことに嫌われモノの怠惰が人を救うのだから、偽善者は息も自由に吸えない。意思を越えれば、最後に身体がリミッターとなり、自然と痛みで動けなくなっていく。
 それでも動こうというものならば、リミッターは壊れ、迎えるのは死だ。
 俺は、それでも構わないと思っている。
 気付けば家の玄関が目の前にあった。しかし、やっぱりそのドアは駅前の喫煙所のように小汚い。ドアの掃除なんて、優先順位で言えば親の顔を見に行く次ぐらいなのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
 安っぽい鍵の音が響いて、ドアが開く。ただいまと言える相手なんて、このアトリエの絵たちぐらいだろう。
 鞄とジャケットを玄関に捨て、錆び付いた台所へと直行する。シャツの胸ポケットに入ったくしゃくしゃのソフトパッケージの煙草を取り出すと、くだらないことに残り一本だった。
 持たれかかって最後の一本を吹かし始める。徒歩八分のコンビニですら憂鬱になる、煙草が無ければ作業は捗らない。
 午後一時過ぎ。コンビニに行く事を含め、四時まで作業が出来るだろう。二時間寝て出勤。妥当だ。
 どんなに疲れても、あと三ヶ月ぐらい生きれたら良い。
 その三ヶ月を悔いなく過ごせたら死んでも構わない。
 そう考えれるのが俺のメリットで、可笑しいことに人間的デメリットだ。
 まるで駄目人間だが、それで数少ないであろう夜を惜しみなく過ごせるのであれば、それでいい。


 
 

 


nina_three_word.

〈 メリット 〉
〈 リミッター 〉