kurayami.

暗黒という闇の淵から

緑の温度

 変化する温度があるからこそ一年も、恋も、夏も楽しい。
 私は夏が好き。汗を流して登りきった坂で、偶然涼しい風が吹いて入道雲を見上げること。贅沢にデパートのクーラーで冷えた身体を、外の熱気を頼りに暖まってまだ汗を流すことも。
 でも何より、木曜日に自転車を隣の駅前まで走らせて、誰も知らない古風な喫茶店に行くことが、私の一番の、夏。クラスの誰も知らない、親友ちゃんだって知らない私だけの秘密の場所。
 素敵な場所は、秘密にしたくなる。
 黒い扉を開けるとカランカランとした音と共に、上品な微弱な冷房が受け入れてくれる。私はいつもの禁煙席、入り口入ってすぐの、カウンター近くの二人席。
 席に座った私は、メニューを手に取って、すぐに戻す。これは私なりの「今日も“いつものやつ”でいいわ」という、かっこつけだ。こんな素敵な場所で大人になったフリして得意げ。そんな私のことも、誰にも教えられない。
 メニューが戻されてしばらくすると、木曜日のあの人が音もたてず静かに、私の席へと訪れるの。
 第一まで閉めた黒いシャツと黒いサロン。でもワイルドに袖捲りがされて見える、白い腕。短めのウルフヘアーと幼い顔のギャップ。
 私の片想い。木曜日の店員さん。貴方。
「メロンソーダを、お願いします」
「かしこまりました」
 なんでもない顔をして、澄ました顔して、私はお気に入りのメロンソーダを注文する。この短いやり取りが愛おしい。ああ、そんな短いやり取りも、通う理由なのかもしれない。
 携帯を触るフリをして横目にこっそりカウンターを見ると、メロンソーダを作っている貴方が見える。今この店内にいるお客さんは私を含めて三人。貴方は今、私のためだけに動いている、ちょっと優越感。
 でもそれも、少しの間。貴方はあっと言う間にメロンソーダを作って私の元へ持ってきてしまう。
 真紅のさくらんぼがちょこんと乗った、アイスクリームの入道雲とエメラルドの海。
 どんなに大人になりたくても、貴方の前で澄ましたくても、私はメロンソーダを頼むことを止めれない。
 夏に乾かされた身体を、微炭酸が刺激して潤すから。甘いアイスクリームとメロンの味が私の少女を肯定するから。
 私がどんなに貴方に恋をしていても、この少女の私を愛してくれないと、恋は実ったと言えない。
 ……なんて、言い訳を並べて、私は大人になれないままアイスクリームをスプーンですくう。甘くて美味しい、好き。
 ふと、貴方が手を拭いて、外へと向かっていく。水撒きの時間なのかな。見ていられる時間が減るだなんて運が悪い。
 でも、もっと運が悪いのは貴方で、外へ出た瞬間に弾け飛んで行った。
 銀色の乗用車が外に出た彼を、遠くへと。
 私は反射的に店の外へと飛び出て、遠くに倒れている彼を見る。
 流れ出る鮮血と、私の口の中に残る緑の人工甘味料
 私の恋は、死の冷たさに、呆気なく終わっていった。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.
〈 メロンソーダ 〉と恋。