kurayami.

暗黒という闇の淵から

誤用歩行

 深く濃い藍色の天井に、水色と白の絨毯。肌寒い空調は僕の肌を若干凍らせて、漏れる息は冬のように具現化する。
 ここは上空、一万メートル。
 あと少し、もう少しで、最後のお呪いが消えてしまう。
 だから、僕は歩くことを目的に、この大好きな空の上を何処までも歩き続けた。酷使した身体が限界近い、足元がふらつく。ああ、雲の中から偶に香る〈金平糖の匂い〉も、これで嗅ぎ納めだ。
 これから始まる長い旅の中で、僕は一体どれだけの糖分をまた取れるんだろう。それともあの頃に帰りさえすれば、あの頃の糖分は僕にとっての〈新しい〉になるのかな。
 そう考えて一歩を踏み出した瞬間、足元の空に、亀裂が入った。もうそろそろらしい。
 亀裂が光り輝いて、空が一瞬ピントがずれたみたいに曇ってすぐ、一気に足元が崩れ落ちた。
 身体に速度が加わって、景色が上へ加速していく。僕の身体に残留したお呪いの残り滓の影響なのか、落ちる身体は垂直のまま。
 急降下。
 飛竜が潜む雨雲を抜けて、遠くに〈現実と幻想の大陸〉が広がっているのが見えた。懐かしい故郷、未だ君が住んでいる地。きっと七年後に再会出来るはずなんだ。
 だって〈アルキカタ〉に、そう書かれていたから。
 潮風が顔を叩き、次第に目が開けられなくなってきた。だけど圧迫感のようなもので、海面が近付いて来てるのがなんとなくわかる気がする。
 そして、海面に落ちる直前。薄めに目を開けると、遠くに何一つ無い地平線が長く続いているのが見えた。
 上空一万メートルから落下し、叩きつけられた身体の四肢が弾け飛ぶ。自由を無くした僕の視線が冷たい海の中へと落ちて、重たい後頭部にさんざん振り回された挙げ句の果てに、真上を向いた。
 揺らぐ空に向かって、僕から漏れた息が泡になってふわふわと飛んでいくのが見える。それに比べ、僕の身体は暗闇と化した海の影の中へと落ちていく。

 培った知識で占ってみれば、漏れて離れていく息は、僕の意思。暗闇に落ちていく身体は、僕の運命と示された。

 僕の意思は何処へ? そして暗闇に落ちる運命は、この死を示すのかな。それとも、この先の……
 ふと、暗闇の中に、ぼんやりとあの頃の街並みと、君の硬い表情が逆再生で放映されている。
 全ての始まりの、あの頃。
 僕は、君の硬い表情をどうしても崩したくて〈呪い師〉になったんだ。
 もうすぐ、会えるよ。〈アルキカタ〉にもそう書いてあった。このまま底へ落ちて、僕は再び産ぶ声をあげる。七年後にクレープを頬張り、カフェでホワイトモカを頼んだその翌日に、君と僕は再会する。
 書いてあったんだ、最後のお呪いによる死を迎えたとき、僕は再び蘇るって。
 書いて、あった。

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 足元 〉

〈 表情 〉

〈 泡影 〉