kurayami.

暗黒という闇の淵から

終世記

 突如目の前に現れた東京には、一切の緑が無かった。
 ついでに、俯いて歩いていた人々も、私の過去の記憶も。
 そこに在るのは、吹き荒れる砂埃の黄色と、コンクリートの灰色と、私の黒いセーラー服だけだ。
 不可解な現象に困ったという感情は、何故か無い。私は私がここに居る理由を、その答えを探すために、誰も居なくなった歩道を歩き始めていた。
 真っ直ぐ歩いて、二つ目の角を曲がって、ビルの脇の階段を登っていく。何故だか知らないけれど、こっちに答えが在る気がした。
 階段を登りきった先、都会の中の住宅街、きっと親しまれていたであろう錆びた遊具だけの公園。その朽ちたベンチに〈もう一人〉は座っていた。
 くしゃくしゃの癖っ毛に、茶色い皮のコートを羽織った渋めのおじさん。
 私はどうやら、この世界に唯一の温度を無意識のうちに辿っていたらしい。
 どう声をかければ良いかわからなくて、ひとまず在り来たりな挨拶をかけた。
「こんにちは」
「んー……こんにちは、だなあ」
 おじさんも、どう挨拶するのが正解なのか考えていたらしい。
「お嬢ちゃん。記憶は」
「無いみたい。だから、名乗ることも出来ないみたいで」
「ああ、俺もだ」
 ベンチの背もたれにかけたおじさんの手を見ると、二本の指が何かを探すように揺れていた。
「じゃあ、おじさんで」
「ならお嬢ちゃんで」
 お互いの名前が決まって、私とおじさんは無人となった東京を歩くことにした。
 何も無い中で、何かを探すために。
「私たち二人しかいないのかなあ」
 コンビニだったであろう四角い空間を覗き込んで、私がおじさんに尋ねた。
「ああ、どうやらそのようだな。これじゃあ、逆創世記だ」
「えっと、林檎を食べた最初の二人?」
 誰かが、私に読み聞かせてくれた、気がする。
「そう、神様が作った人類最初の男女。アダムとイブ」
 おじさんが来た道を、荒れ果てた東京の街を、振り返った。
「しかし、アダムとイブってわけじゃなさそうだ」
「私たちは人類最初というより、人類最後って感じ」
 視界に入るのは、人が築き上げた文明。
 この世界に人々は、暮らしていた証拠。
「これは、戒めだろう」
「戒め?」
「同じ過ちを繰り返さ無いように、この現在を誰かが創ったんだ。まあ、誰かってもう、わかりきってるけどな」
 おじさんが斜め上。黄色くなった空を見上げて言った。
「なら私たちの、この世界での在り方は、その過ちを探して悔やむことなの?」
「……まあ、それが模範解答ってことか」
 街を抜けた先、海に沈んだ街が高架下に広がっていた。
 模範解答。それが誰かにとっての都合の良い答えだって、私もおじさんもわかってる。


 過ちを繰り返す人類にとって、何が正解なのかって、ことも。

 

 

 

 

nina_three_word.

不毛地帯
〈 模範解答 〉