その日数本の一両電車を降りて、林道を歩いて一時間。
少女の“私”が住む田舎街は、三つの大きな山に挟まれた麓にありました。
昼間は、狸も狐も暮らす山や、魚の群れが泳ぐ川と遊ぶ場所には困りません。ですが、日暮れに夕闇から逃げ遅れてしまえば二度と帰れない、そんな場所です。
“私”は三年前、この街へと引っ越してきました。都会でも、田舎でもない、何でもないような思い出が詰まった住宅街。親の都合で引っ越した田舎街に“私”は感動の声を上げていましたが、次第に退屈と窮屈に口を曲げていきました。
気の合う友達がいない。“私”のような子がいない。
夏休みに入って学校もなくなり、いよいよすることが“私”は勇気を振り絞り、家から一番近い山へと足を踏み入れることにしました。
その街の子どもらしく山遊びを覚えたら、もし“私”が変われたら。
山に入った“私”は、深い緑と歪な大地が作り出す、暗く美しい景色を目の当たりにします。住宅街には無かった自身の知らない新しい世界。“私”はこの街に再び感動することになりました。背の高い木は木陰を作り、山特有の涼しい風がスカートを揺らします。
しかし、山の不安定な足場に慣れていなかった“私”は、へとへとに疲れてしまいました。おまけにどちらから来たのかわからず、山を降りようにもどちらに行けばいいのかわかりません。
“私”が暗い気持ちで山を歩いていると、白い石で作られた細い道へと当たりました。ああ、ひとまず山は抜けれたと“私”は安心します。
白い道を歩み進んでいると、黒い鳥居が見えてきました。
鳥居の下には“私”と同じ歳ぐらいの……同じぐらいの少女。
「こんにちは」
少女は近づく“私”に向かって挨拶をしました。
「こんにちは」
同じように“私”も挨拶を返します。
「山道疲れたよね」
「うん? とても。あなたは、ここら辺の子?」
「ええ、まあ。でも誰も遊んでくれなくて退屈してたの。ああ私ね、言音っていうの、よろしくね」
名を名乗った少女……言音に“私”は驚きました。
「私も……“言音”っていうの」
「そうなの、奇遇ね」
「私もね、誰とも遊べなくて退屈してたの。その、なんだかいろいろ私たち似てるね」
言音を見て“私”が言います。
「そうね、似てる。きっと仲良くなれるね」
微笑む言音は「遊びましょう」と“私”を誘いました。
持っていたお手玉。いたちごっこ。麓の話や、住宅街に住んでいた頃の話。
“私”は久しぶりにたくさん遊び、話し、友達が出来て嬉しくなりました。今まで遊んできた中で、言音は一番気が合うと言えました。
しかし“私”が唯一気掛かりだったのは、言音が鳥居の向こう側に入れてくれないこと。鳥居の向こう側に入れば、もっといろいろな遊びが出来るのに。
「ねえ、どうしても入っちゃだめなの?」
“私”はおねだりをするように言ったのは、日が暮れてきた頃。
「うーん。うーん、いいよ。でも、最後にもう一つだけ遊びたいことがあるの」
言音は指を咥えて、狐のような細い目をして言いました。
「こうかんごっこ、しようよ」
手合わせて、ぐるぐるまわって、
ふたりの場所が入れ替わったなら、さようなら。
かがみの中で夕と闇に分かれたら、さようなら。
nina_three_word.
〈 いたちごっこ 〉