kurayami.

暗黒という闇の淵から

味気ない取り調べとクラスメイト

「こちらへどうぞ。五分程度で終わるものだと思います。ええ、これを見て、白木君、改めてお答えください」
 笑顔を一切見せない刑事が僕たちを通したのは、黒いブラウン管のテレビが置かれたコンクリートの部屋。
 僕と母親と、並べられた二人分の冷たいパイプ椅子に座る。
 刑事が後ろに立ち、リモコンを無言で操作する。緊迫した空気が気持ち悪くて、僕はポケットから取り出した板ガムを口の中へと押し込んだ。
 ブラウン管テレビに、少し荒い映像が映し出される。
 このコンクリートの部屋より窮屈そうな小さな部屋。
 俯いて座っているのは、アイツだ。

「さて、緊張しなくていい。僕の質問に、君の知ってることを真実のままに答えてくれたら、それでいいんだ」
 いかにもという優しい笑顔を貼り付けた刑事が、デスクを挟んで向かい側にいるアイツに向かって猫撫で声で語りかけた。
「……うん」
 机を一点に見たまま、アイツが頷く。
「まず君は、学校が終わって一度家に帰ったんだね?」
「うん」
 そうだ、アイツは一度家に帰った。
「それから、忘れ物をしたと思い出して、学校に戻った」
「……うん」
「目を見て」
 机に両手を置いた刑事の強めた声に、アイツがビクッとする。
「はい」
「それが何時頃だったか覚えてる?」
「夕方の鐘が鳴った後なので、五時過ぎだったのは確かです」
 細い目のアイツの言葉に、刑事が一瞬黙った。
 ああ、あんな顔をして嘘をつけるのか。
 本当は、五時前の癖に。
 目敏いアイツはすぐに俺を見つけ出してくれた。俺と一緒に、教室で鐘の音を聞いた。
「学校に戻った君は、教室で前田先生に会ったんだね」
「はい」
 アイツは先生に会った。
「前田先生は、君に何を?」
「僕が、僕が机の中からノートを取り出そうとしたとき、後ろから、抱きしめてきました」
 よくもまあ、そんな嘘が出てくるな。
 アイツが会ったのは、死体になった先生なんだからさ。
「それで、どうしたんだい」
「気持ち悪くて、驚いてしまって、僕は思わず先生を、突き飛ばしました。先生が怒った顔をしたので、怖くなって、手の届く位置にあった花瓶で先生の頭を、いっぱい殴りました」
 歪んだ顔で、アイツが〈無い事〉を思い出して訴える。
 ああ、ああ。天才だな。嘘と事実を織り交ぜる天才だよ。どうしたらそんなの、思いつけるんだ。なにを想えば、そんな顔が出来るんだ。
 本当に僕のことが、好きなんだな。
「そしたら先生が動かなくなっちゃって、そしたらそこに白木くんが来て、それで……」
「君が、前田先生を殺した。間違いないね?」
「……はい」

 アイツが答えたその時、前触れも無しに後ろにいた刑事がテレビを消した。
 僕の代わりにあそこにいたアイツは、もう映っていない。
「さて、見てもらいましたが、言ってる事に間違いはありませんでしたか?」
 笑顔の無い刑事は同情するような目で、母親は心配するような目で僕を見る。
 そんな目で僕を見ないでくれ。僕は、アイツと違う。
「……ええ、本当です。僕が来たときには、もう」
 僕は味の無くなったガムを紙に吐き捨てて、心から哀しそうに答えてみせた。






nina_three_word.
〈 ガム 〉
〈 目敏い 〉
〈 可視化 〉