kurayami.

暗黒という闇の淵から

ミラーミラーキラー

 そこは見慣れた僕の、本棚が失われた深夜の自室だった。
 使い古された教科書は鞄の中に入ってるし、アルミのペン立てにはカッターが入っていない。
 唯一、熱を持った机の上の小さな照明が、埃の無い部屋の隅をぼんやりと照らしていた。
 僕と対峙する、もう一人のソレに影を作って。
 この部屋に存在するのは、一人だけ。
 この部屋に偏在しているのは、一人だけ。
 ソレは、薄汚さを何度も何度も雑多に重ねたように真っ黒な身体で、指先で触れてしまえば凍傷を起こしそうなほど、冷たい。
 頭の窪みに嵌った二つの眼球の黒目だけが、唯一人らしい。
 僕とソレは、古くからの付き合いだった。何をするのにも、何処に行くのにも一緒。ソレと意見を合わせたことの方が少なくて、その度に僕らは何度も何度も喧嘩をした。
 意見がぶつかる度に、喧嘩をする度に、僕はソレを殴り倒して、蹴り飛ばして、張り合いのない勝利を掴んできた。言っておくけど喧嘩をする前からソレは薄汚れていたんだ。綺麗では無いのが、当たり前のような存在だから。
 僕は、大嫌いなんだ、ソレそのものが。存在してることすら心の底から嫌悪する、許せないという感情すら湧いてくる。考えれば嘔吐するし、爪が身体に食い込む。
 いくら殴っても、壁に押し付けても、怒鳴っても、ソレは消える事は無くて、ずっとずっと、部屋に……僕の中に、偏在してきた。
 どうしようもないほど、酷く醜い“僕”だ。
 きっとこのままソレが存在していれば、僕という人間は気が狂い死んでしまう。
 ああ、そうだ。この先の人生でソレに邪魔をされ続ければ、僕は僕を保てなくなっていくんだ。人という道を外れ、他人に迷惑をかけ続け、暖かい陽が当たることすら許してもらえないような人間にきっとなる。そしていつか、社会に殺されてしまう。
 だから今晩、僕が〈お前というソレ〉を殺す。
 僕が僕であるために
 この先も誰にも嫌われないためにも、誰からも認められるためにも、右向け右の中の一人であるためにも。
 お前という〈我儘〉を、この先誰にも聞かせない。
 お前という〈主張〉を、世界は絶対に許さないから。
 お前という〈本心の意思〉を代償に、僕は〈人らしさ〉を手に入れる。
 そのためにも、僕はこのカッターで、お前を切りつける。お前が……“僕”が息をしなくなるまで、何度だって、この手首を切り続ける。
 ああ、泣くなよ。お前が死んでもこの手首には生きた証が残るんだ。
 もう安心してくれ。


 お前は、もう、何処にも必要ないんだから。

 

 

 

 


nina_three_word.
〈 対峙 〉
〈 代償 〉
〈 偏在 〉