服が、下着が、一枚一枚と落ちていく。
家のものとは違う大きな鏡。手のついていないアメニティ。
「シャワー、先に浴びて来なよ」
そう言った貴方はこの場にいない。鏡の中に裸の私が一人いるだけ。見て欲しかった下着も、見られないまま。
どちらかが誘ったわけでもなく、流れのままにホテルに辿り着いた。それはいつものことで、貴方にお酒に誘われた時点で、わかっていたことでもあるけれど。
「疲れたでしょ。湯船にでも浸かって……ああ、ゆっくりで大丈夫だからね。朝も時間ないと思うから、気にせずゆっくり」
嘘臭く微笑む貴方。まるで私のことをわかっているとでも言いたげな、貴方のズレに心が痒かった。だってそんな造られた優しさも好きで、だけど私は、本当は貴方と一緒に浴槽に浸かりたくて。
そんな事を想って、小さく苦笑いのため息。そんなことは、絶対に言えない。
風呂場への扉を開ければ、ピンク色のタイルが目の前に広がった。緩やかなカーブを描いた白くて大きな浴槽が可愛い。これで夜景が見れる窓が付いていたら百点満点だった。
蛇口をひねって、頭からシャワーを浴びる。きっと一年何ヶ月というこのグレーゾーンに生まれたモヤは、ラブホテルのシャワーには洗い流されない。洗い流してくれない。
水が流れる視界。その右下に、泡風呂用の入浴剤が目に見えた。……貴方はどうせ、泡風呂を使わなければ、浴槽にも浸からないものね。
一度シャワーを止め、入浴剤を浴槽の底に落として、硬い蛇口をひねった。
大きな音と湯気を立て、熱湯が広がっていく。泡が生まれていく。
私は、再びシャワーの前へ戻った。さっきまであったモヤは、浴槽を溜める熱湯の音が響いて、少しだけ〈どうでもいい〉と思える程度に変わっている。そう、それで良い。本気になってしまえば、それこそ負けだから。
私と貴方は、都合が良い者同士。だものね。
関係が崩れないために、貴方といるために。表向きの関係は口に出してはいけない。この身の半分は貴方にくだらないことで消費されて、もう半身のちっぽけな恋を主体に何度だって再生する。
そんな堕落的恋を選んだのは、私だもの。
洗い終えた身体を、浴槽の中へと沈めていく。目の前には白い泡が雲のように、可愛くふわふわと浮いている。手の上に乗せてみれば、やっぱり重さも質量もない。
泡風呂は良いわ。だって、まるで私を大きく見せて、本音の肉体を隠してくれる。
必要ないものを見せないで綺麗に見せるその様は、私の虚栄心そのもの、だから。
nina_three_word.
〈 虚栄心 〉
〈 泡風呂 〉
〈 山椒魚 〉