kurayami.

暗黒という闇の淵から

スバル神話

「今日の空はなんだか、明るいね」
 薄暗い夜空の下。バチバチと音をたてる焚火を前にして、少年が森の隙間の向こうを見て、呟いた。
 少年の言葉に、目の前にいた年配の男が低い声で答える。
「西の大都市で“フェス”があると聞いたから、それだろう」
「夜に? じゃあ、また人が死ぬんだ」
「だろうな」
 ぶっきらぼうに言葉を返した男が、オニオンスープが入った銅のマグカップを手に取り、溜め息をついた。
「昔はな、夜が勝手に明るくなったり、暗くなったりしたらしい」
「夜が、勝手に?」
「ああ。月、と呼ばれる天体があった」
 男は昔を懐かしむようにそう言って、マグカップに口をつける。
「テンタイ……って、漢字でどう書くの?」
 少年も同じように、マグカップを手に取った。
「天空の天に、物体の体。夜空に浮いてたんだよ」
「浮いてたの? 空に? どうして?」
「宇宙って知ってっか」
「知らない。教えて」
 質問続きの少年に、男が眉間に皺を寄せてニヤりと笑う。
「宇宙ってのは、この地球の外側だ。あの真っ暗なのを宇宙って呼ぶ。逆に昼間のあの青いのは地球だな。……地球はわかるよな?」
「うん。“ここ”だよね」
「そうだ。で、俺たちがこうして地球に立っていられるのは地面があるからで、宇宙には地面がない。つまり、宇宙じゃ立ても座れもしない」
 少年のために言葉を選びながら、男は言葉を続ける。
「なるほど? じゃあ、あの煤色の空はウチュウって呼ばれる場所で、立つ場所が無いから、ツキは浮いてたんだ?」
「まあ、そういうことだ。んで、月ってのは丸い形をしているんだが、勝手に欠けたり満ちたりして、三十日に一回、空を今日みたいに明るくしていた」
 そう言って、男は「これぐらいの大きさのな」と指で輪っかを作った。
「しかも、お前が驚くことに天体は月一つじゃなかったんだぜ」
「お、驚いた!」
 マグカップの中のオニオンスープを揺らして、少年が驚いた。
「星、と呼ばれる天体が海の砂の数ほどあったんだ。ひとりでに燃えて、月ほどは大きくなくて、小さく空に浮いていた」
「小さいって、どれぐらい?」
 少年の問いに、男が「これぐらい」と人差し指と親指の腹で星を作る。
「たくさんの小さいのが、キラキラしてたってこと?」
「曇ったり、空が汚いと見れなかったけどな。でも実際の星は、この地球なんかより大きいんだ。それぐらい小さく見えるほど、遠くにあっただけで」
 オニオンスープを飲み干した男が、焚火から少し距離を置いた。
「それは、とても綺麗で、すごく大きいね。でも、そんなに大きかったのに、どうして今はツキもホシもないの?」
「さあな、少なくとも俺がこの時代に来た時には無かったよ。書物で“地球のことを嫌いになったから、遠くへ消えた”だとか“全てスバルが飲み込んだ”なんて読んだけど、信用すんなよ」
「うーん、うん。わかった」
 少年が役目を終えた二つのマグカップを布に包み始める。
「ねえ、ホシについてもっと教えて」
「いいけど、寝るまでな。じゃあ、星の雲の話なんかどうだ」

 

 

 

 

 

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〈 煤 〉

〈 昴 〉