始まりがあれば、終わりがある。
曇り続きの一月、私たち三年生は高校生活最後の授業から解放された。また三月に、という無言の空気に少しだけ不安になる。
時間は、あっという間だ。
「お待たせ」
廊下の窓から中庭を覗いていたら、後ろから優しい彼の声。先生と長話をしていた彼は、少しだけ顔が疲れてたように見えた。
校内にはもう人の気配も、暖かさも無くて、廊下ですら白い吐息が生まれる。
「このあと、どうする?」
「どうしよっか」
彼の問いに、意識を放棄して、深く考えていない言葉が飛び出た。
ただ、なにか、この〈限定的な時間〉を終えるのが寂しいと、感じて。
「学校の中、少しだけ回ってみない?」
私の提案に、彼もまた、深く考えずに頷く。
「いいよ。制服でここに居れるのも、もう残り僅かだもんね」
そう。制服のスカートを揺らせるのも、女子高生という許される時間も、残り僅かだ。
授業有っての放課後は、今日で最後。
誰もいない、青白い曇り空の光が届く校舎の中を彼と歩き渡った。教室から遠かった移動教室。数回しか利用しなかった図書館。友達が通っていた空き教室の前。
「鍵、かかってない」
覗くだけのつもりの体育館は、鉄の扉を固く閉ざしているだけ、だった。
「忍び込んじゃおうよ」
「怒られるでしょ」
不安そうな顔をする彼の手を引っ張って、中へと入っていく。
人がいなくて、電気もついていない。外の青白い光を頼りに、薄暗く高い天井を見せている広い空間が、どこか神秘的に見えた。
私と彼は体育館の中をまっすぐ歩いて、舞台へと登る。
「すごいね。誰もいないけど僕たち今、主役みたいだ」
「主役。ねえ、私たちは、どんな役だろう」
彼の無邪気な感想に、私は可愛くない返事をした。
「恋人」
へらっと笑った彼の答え。ああ、何も疑っていない、真っ直ぐな気持ちだ。私の、好きなもの。
「そう。じゃあ、じゃあ、私がお金持ちの悪い人役やる」
「ええ、話聞いてた?」
「だから、貴方は奴隷役ね」
彼を無視して、私は舞台の真ん中へと行く。
「えっと……“ずいぶんと時間は経ったけど、掃除は終わったのかしら?” 」
そう言って、私はちらっと彼を見た。「仕方がないなあ」とでも言いたげに、彼が笑いながら腰を上げる。
「 “終わりましたよ” 」
「 “……あら、じゃあこれはなに?” 」
埃を指の上に乗せる演技をした私に、彼が動揺する。
「 “申し訳ございません! やり残しがありました” 」
「 “許さないわ!” 許さない」
私は彼に近付いて、抱きつき、押し倒した。
「わ、ちょ、ちょっと」
即興劇は、続く。
「 “悪い子にはお仕置き” ずっと、ずっと、離れないように首輪をつけないと」
私はそう言って、首を絞めるフリをして、彼の胸へと縋るように、甘えた。顔は見えないけれど、私のそんな様子に彼はきっと、呆れて笑っている。
終わっていくんだ。
制服のスカートを揺らせるのも、女子高生という許される時間も。
彼と手を繋いで放課後を過ごすのも。
全ては卒業式と共に終わっていく。
その先の時間だって、ずっと一緒に過ごせるかわからないまま。
始まりがあれば、終わりがあるのだから。
nina_thee_word.
〈 即興劇 〉