kurayami.

暗黒という闇の淵から

星流し

 君の、その、大きく開く口が嫌いだった。
 出会った頃から、あまり得意なタイプでは無かったんだ。人との繋がりや対話を嫌う僕とはまるで正反対で、君は自ら人の〈許されない空間〉へ踏み込んでいくような女だ。あの時だって、僕が固く閉ざした〈許されない空間〉に君は入ってきた。僕の中という中を、内側という内側を、物色して品定めして、勝手に僕を相手に決めたのは、君だったじゃないか。
 さぞ都合が良かっただろうね。口応えしない肉人形は。
 たいして僕の事は好きではなかったろう。なんなら、恋愛感情すら僕に持っていなかったでしょう。
 僕だって、同じだよ。
 口の中に指を入れてくる癖が嫌いだった。上乗りになるときにわざと鳩尾を手で押す性癖も嫌いだった。笑って抱きついて襟足を掴んで離さない仕草も嫌いだった。
 平気で他の男と寝るその腐った精神が嫌いだった。謝るときに絶対に僕を見ない角度が嫌いだった。僕が知ろうと思って調べていた事を、先回して教える得意げな表情も嫌いだった。
 悪さを誤魔化す手つき、寝ている僕を見下す視線、気分が悪いときの僕を見透かす細い目。
 全部が嫌いで醜い。
 そんな君は決して僕が離れないように、透明で毒のような粘着質で僕を拘束した。

 今もその透明は見えないで、僕のなにを拘束されているのかわからない。

 だから、手を、離せないでいる。

 君の、醜い死体から。

 夏の終わりに星を見に行こう、山に登ろうって言い始めたのはもちろん君で、僕の意見なんか聞こうともしなかった。ただ、珍しいとは思ったんだ。そうやってデートに誘うことなんて滅多に無くて、ましてや遠出なんて。
 僕が車を出して、都内の奥。ダム周りの山の奥へと辿り着いた。車の運転だかんかじゃないだろう、なんで僕なんだろうって、疑問は晴れないまま。君に、広い崖の上へと連れて行かれた。下には、広く大きな川が流れている。
 ねえ、星、見ようね。
 そう言った君は、山の中へと入っていった。荷物でも取りに戻ったのかな、なんて星を見上げていて、そんな事はないって気付いた僕はすぐに山の中へと走り出したんだ。だって、車の鍵は僕が持っているから。
 散々山の中を探して、探して……大きな椚の木に、首を吊るして変わり果てた君の姿を見つけた。探し出してから、三時間後のこと。
 僕は君を降ろして、しばらく起き上がって来ないか様子を見ていたんだけど、どうやら、死んだみたいで。
 僕は君を引きずって、ずっと考えたんだ。この役に僕を選んだ理由。星を見ようだなんて言ったこと。だけど、どう考えても、僕には「僕が都合が良いから」という理由しか出てこなくて、なぜか涙が出てくる。
 散々山の中を引きずって、辿り着いたのは、崖の下にある川だった。もうどうしようもないと諦めて、そこに魂がない事を自覚した僕は、醜い君を冷たい川へも沈めて流すことを決めた。


 せめて、この水面に映る美しい星空が、醜い君を、彩ると信じて。 

 

 ねえ、星が綺麗だね。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.

 

桜流し 〉〈 水葬 〉