最近、何もないんだ。
話すことがまるで何もない。だから友人たちにも会おうと思えないし、そもそも人の充実した話を耳にしたくない。聞けば耳も心も腐りきってしまう。羨ましい。そんな日々、心を何かに動かされているだなんて。
しかし、俺に潤いがどんなに無くても、街のざわめきが消えることは無い。
何をそんな、みんな楽しそうにしてるんだ。
どこで満足を得られるんだ。常々誰かと一緒にいるのか。光る携帯のディスプレイには何を流して見ている? 昨日はこういうことがあっただとか、先週は哀しいことがあっただとか。話すことがあるほど、最近に満足出来るその秘密を、俺にも教えてくれよ。
思い出す過去と、想い描く未来だけだ。俺には。
あの頃は良かっただなんて、そんなことばかり。友人と悪ノリ続きの酒の席。話題が無くても続けた恋人との通話。尊敬する人に近付きたくて努力した夜。日々何かしらがあって、最近はどうだとか言えたもんだぜ。過去の思い出を頼りに、先へと後押しすることすら俺には無理だ。
未来だって、今じゃ何も考えられない、希望がない。期待を持てないから。今現在に何の材料もないから。こうなりたいだとか、どこへ行きたいだとか、欲を持つほど体力がない。
ああ、そうか。最近がないから、未来がないのか。
この先にはあるのは、変わらない虚ろな日常だけ。
まさか、永遠にこのままなのか。
俺の最近が失われたのは、いつからだったっけ。もう長いこと、この虚ろな日常の中にいる気がする。思い出そうにもぼんやりして……いつからだ、いつから。あの時はまだ、日々の街の混み具合を認識していた。昨日食った飯を考えて今日の飯を考えていた。
そういえばあの日、あの時を最後に、最近がない。
友人と酒を飲んだ帰り道だった。持たされた酒ビンを片手に、ぬるい風が服の隙間を通るような夜。酔っ払いを良いことに恋人に甘えて、返ってくる言葉がいつも以上に心地よかった。
そうだった。あの夜道。やけに眩しい車のライトが俺を照らしたのを最後に、最近がないままだ。
はは。馬鹿みたいだな、これじゃあまるで、幽霊じゃないか。
幽霊にだって、最近と日常があって良いだろうに。
なあ、ところで、最近何もないんだ。
彷徨うだけで何も得られない。時は進まないまま、帰り道から戻れないまま。過去を懐かしむだけで、未来がない。
どうしたらそんな、生きた日々が過ごせるんだ。
どうしたらそんな、死から遠ざけるんだ。
俺にも、教えてくれよ。
nina_three_word.
〈 最近 〉という概念を失った男。