kurayami.

暗黒という闇の淵から

タイムブランチ

 九月第五土曜日、昼頃。男がシャワーも食事も済ませて、気分に任せて何時でも出掛けられる、その日のこと。
 男はテレビを見ていた。もう何年も前から、男が子供の頃からやっている土曜昼間のバラエティ番組。小さなテレビの枠の中で芸能人たちが、新築の値段を当てあっている。男のお気に入りのコーナーだ。
 思考を半分失ってソファに沈んでいる男の足元を、秋らしい涼風が優しく撫でる。男が視線だけ動かすと同棲している恋人の女が、洗濯物を干すためにベランダを開けていた。
「良い天気ね」
 機嫌良く呟いた女の背景には、真っ青な空が広がっている。
「なんだか、こんな高い空久しぶりに見た気がするなあ」
「んー」
 同意を求めた女の言葉に、男は適当に返事した。
「ねってば。聞いてる?」
「聞いてるよ」
 もちろん男は聞いている。女の言葉一つ一つを邪険になど思わず、無意識に特別な記憶に覚えて。
「あとでお出掛けしようよ。デート。午後の吉祥寺に行きたいな」
「ん……え、いい。いいな、それ。懐かしい感じある」
 男が初めて首を動かして、女の方を見た。テレビの中では新築の値段発表に、芸能人がそれぞれリアクションを見せている。
「でしょ。高校生の頃を思い出さない?」
「確かにな。あの頃の遠出って言ったら、吉祥寺が精一杯だったっけ」
 まだ二人が、ただの友達のグループの一員だった頃を思い出して、男が呟いた。
 洗濯物を干し終えた女が背中でベランダを閉める。
「じゃあ私、コンビニにお金降ろすのと、卵買いに行ってくるね。その間に、何か、支度しときなね」
「あーい」
 何時でも出掛けられるんだけどな。そんなことを考えながら、男は出掛けて行く女の背中を見送った。
 テレビの中では、相変わらず芸能人たちがそれぞれのリアクションを見せている。コーナーは変わり、NGワード有りの買い物シーンへと移っていた。
 背伸びをした男がそろそろ支度を始めようとする。〈風が気持ち良い日に、恋人と懐かしい地をデート〉という、ごく普通の幸福に男は機嫌が良い。
 そんなとき、テレビから普段あまり聞かない高い電子音が鳴った。
 速報を示す、大きな音。
 男がテレビに再び目を向けると、楽しそうに買い物をする芸能人が映る画面の上部に、白い文字でテロップが流れている。
『一分後、時が止まることが発表されました』
 そのテロップの意味を、男はすぐに理解出来ない。
 しかし、窓の外から消えた自動車や風の音。
 黒い画面になったテレビ。
 動く情報が徐々に消えていく世界の中、男は不思議とテロップの言葉を理解していった。
 全て〈止まる時〉の中、男の頭の片隅にあったのは、デートをしたかったという、些細な後悔だけ。

 

 

 

 

 

 


nina_three_word.

流れる〈 テロップ 〉を観て諦める。