「あ、また余震か」
曇天の日中。田舎町の片隅。塀に手をついて身のバランスを取った二人の兄妹の内、兄がぼそっと呟く。余震というには少し長く、電気紐を揺らし続けた。
「長かったね、お兄ちゃん」
兄の後ろでしがみ付いていた妹が、顔を覗かせる。
「そうだな、来るたびに長くなってる。おじさんの言ってた通りだ」
「次もまた、長くなるの?」
「ああ、多分な。……それに」
言葉を続けようとした兄が言いかけて、手前で飲み込んだ。幼い妹に自ら言うのは違う、そう感じて。
また、この町で人が消える。
約二日前。緊急町会が行われた。内容は最近頻繁に起こる余震について。
表に立ったのは町最年長の、町外れに住む爺。
「この余震は、アマガミ様を怒らせたからだろう」
アマガミ様。山の祠に宿ると言われる神様。町の平均を保つため、秩序と時間を守ると伝承されている。
その名前が出た途端に年配者はざわめき。若者たちは苦笑いをした。しかし若者たちの苦笑いも長続きはせず、すぐに沈黙が訪れる。
原因は、町で起こり続けている失踪事件。
余震が起こるたびに一人消えていく。
「なんで、アマガミ様が関係するんですか」
壁際に立っていた青年が、腕を組んで爺に聞いた。
「本震が起こる前にあって、後になくなったものがあってな」
爺が顔に影を作り、深刻な声で続ける。
「小箱だ。アマガミ様の〈お気に入り〉が詰まった、小箱。それが祠から消えていた。誰か、誰かこの中で、あの小箱を持っていった奴はおらんのか。いたらどうか、返してくれないか」
呼びかける爺の声に、誰も答えない。
余震はこの先、祠に小箱が返されるまで起こり続け、人を消し続けるという。
「ねえ、お兄ちゃん。人が消え続けたら、どうなっちゃうの」
兄妹が家に帰り玄関で靴を揃えているとき、妹が兄に聞いた。
「……聞いた話だと、小箱を持った人以外、全員消しちゃうんだって」
「お兄ちゃんも?」
心配な顔をする妹を、兄が鼻で笑う。
「ばーか。俺が消えるわけないだろ」
そんな兄を、妹は上目遣いに安心する。
安心した、フリをする。
何でもない顔をして自室に戻った妹が、ゆっくりと押入れを開けた。そこには、小さな水溜りを作った、微雨が漏れる小箱が一つ。
大切そうに妹は小箱を抱え込み、深く愛を込めた眼差しで見つめた。
「神様だけ、ずるい。私だって、お気に入りが欲しいよ」
無邪気で我儘な声。
幼い少女にとって、それは手放したくないお気に入り。
例え町の人が、兄が、世界中の人々が、繰り返される余震によって、いずれ消滅しても。
nina_three_word.
〈 余震 〉〈 微雨 〉〈 小箱 〉