「君、ひとり?」
初々しい冷たい風が街に流れる午後の暮れ。高校帰りの少年がコンビニエンスストアの前で、シャーベットを食べようとした時のことだった。
少年に話しかけたのは、〈おねえさん〉と呼ぶのに相応しい風貌の女性。
「ひとり、ですけど」
「あらそう。へえ」
女性は切れ長の目で薄く微笑み、細長い煙草を口に咥えた。
肩まで流れる若干ウェーブのかかった髪。長く外に跳ねた睫毛。ゆるく柔らかそうなニットワンピース。動くたびに顔を変える二十デニールのタイツ。背の高いシンプルなヒール。
煙草を持つ白い指の先の、マニキュア。
白い肌への装飾の全てが、黒に統一されている。
唯一違うのは、紅い、唇。
まるで危険と魅力を纏うような女性に、少年は無意識に警戒した。
「ああ、ごめんなさいね。こうやって冷たい風に慣れない日は、寂しくなって」
女性はそう言って煙を吹く。慣れない副流煙と香水の匂いに、少年の思考が霞んだ。
「いえ、全然。寒いですもんね」
何か同意しようとした少年が適当なことを言って、女性が吐息交じりに笑う。
「ふふ、そうね。でもなら、どうして、シャーベットなんかを食べているの?」
どうして。少年はただ安かったからという理由を、口に出せなかった。
「……気分、だったからです」
「冷たい気分になりたかったんだ。大人だね」
まるで全てを見透かしたような女性の笑みに、少年は恥ずかしくなる。煙草を持つ黒いマニキュアの指に、少年は踊らされていた。
「ねえ、良ければ私にも一口くれない? シャーベット」
「えっ」
戸惑った少年は、自身が戸惑った理由を一瞬考えて、見つけれない。
むしろ、女性の言葉に従いたくなっている少年がそこにいる。
「いいです、よ」
まるで操られたように、少年はシャーベットに木のスプーンを刺し、氷菓特有の砕ける音を立てて一口を作った。
女性がゆっくりしゃがんで、少年の木のスプーンへと近づく。
惑わす匂いがより一層濃くなって。
一口のシャーベットは、木のスプーンに口紅を微かに残して、消えた。
「ん、美味しい。ありがとね」
女性の色気を含んだ言葉を最後に、少年はたやすく夢にかかる。
その黒い姿が、その甘い仕草が、その危険と魅力が。少年の理想へと書き換えらていく。
女性が最後の煙を吐き、煙草を灰皿へと捨てた。
「お話ありがとうね。じゃあ、また会えたら」
「えっ、あ、はい。また」
颯爽と去っていく女性を、最後まで少年が見えなくなるまで目で追う。
少年にとって思春期の夢魔となった女性を。
手の中には、思考のように溶けたシャーベットだけが残っていた。
nina_three_word.
〈 シャーベット 〉
〈 マニキュア 〉
〈 サキュバス 〉