kurayami.

暗黒という闇の淵から

色を求め続けた末の単色

 欲しいと思ったモノは、手に入れたくなる。
 学ランが不恰好だった頃から僕は頭の回りは良い方で、それはもう口が達者だった。何処へ行きたいだとか、こうなって欲しいだとか、会話の流れをうまいことやれば僕が望むように事が進む。それはもちろん、人間にだって。
 飢えた寂しさや性欲は、良いと思った手軽な女で埋め合わせた。幸福感を与えればいい。承認欲求を満たしてやればいい。望む言葉を察して投げればいい。依存環境に、押し倒せばいい。それだけで相手は僕に惚れたと錯覚していく。思い通りになっていく。
 従える心が使えなくなるまで。
 駄目になれば、飽きたら捨てて、新しい女を求む繰り返しの日々。気付けば僕は、欲しいモノは絶対に欲しいという色欲に塗れていた。不幸なことに望むモノは手に入り続け、僕は色欲の限りに悪業を尽くしていく。
「もう手に入らないモノはない。人生は退屈だ」
 そう調子に乗って、人生を歌っていたときのことだった。その日寝床を共にしていた女に、選ぶ言葉を間違えてしまった。一つ間違えただけで、女からの好意は憎悪に代わる。女は瞬く間に僕を社会的に殺そうとし、誰も近付かないようにした。あっという間に、この世界から手の届くモノはなくなった。
 突然訪れた孤独に、僕は笑いそうになる。
 舌が肥えた色欲は腹を空かし、僕を悩ませ苦しませ続けた。誰でも良い。寂しい。手に入れさせてくれ、触らせてくれ。馬鹿は死んでも治らないから。
 いや、いっそ死んでしまえたら楽なのか。
 自業自得の希死念慮。飢え続ける寂しさが終わらせる架空の縄を首にかけようとしたとき、その〈女〉はふらっと、僕の目の前に現れた。
 いつかの……繰り返し捨ててきた女の中の一人、僕の中ではもう記憶が朧げな女だった。その童顔は、一度抱いたことがあるのを覚えている……覚えているけど、なんで。
「ねえ。痛い目にあって懲りた? 身の程だって、知れた?」
 彼女は後ろに手を組んで、クスクスと笑う。その笑みは、僕への好意だろうか。若干の希望に、飢えた色欲の全てがざわめく。
「ああ、誤解しないでね。別に私、君のことはもう、好きじゃないんだ」
 冷たい彼女の言葉に、僕は落胆した。それはこの彼女から自ら何かを望んでも、手に入らないことを意味していたから。
 だとしたら、彼女の欲は一体。
 そんな僕の疑問に、彼女は妖しく目を細めて答える。 
「私の、下僕になってよ」
 ああ、これは不幸か。幸福か。
「一生側にいて。尽くして」
 彼女は、僕に答えを選ばせない。
 与える幸福だけで、強欲だけで。
 復讐のために、僕を飼い殺すために。
 




nina_three_word.
「〈 下僕 〉になって」を作中で使う。