十月某日。大間夏帆の家にて。
「前田、前田、これ見て見て」
遊びに来ていた小学生からの旧友前田一郎は、飲んでいたペットボトルのコーラを置いて夏帆の声に振り返る。
「なんだよ」
「じゃーん」
夏帆が掛け声と共に出したのは、小学生女児の好みそうなデザインがされた、正方形のファイル。
「あ、懐かしい。なんだっけそれ。プロフィール……的なやつ」
「そうそう。プロフィール帳ってやつ。たぶん前田のもあるよ」
前田が覗き込むと、ぺらぺらと夏帆がめくり出した。
「あった。ほら」
「わ、あー。捨てようぜこれ」
そこには幼い字で〈前田一ろう〉と書かれている。
「はは、ここ見て。好きな動物〈ケロベロス〉だって」
「無理だわ。捨てよう」
「自分の性格を一言でって欄に〈目がわるい〉って書かれてるよ」
けらけら笑う夏帆からプロフィール帳を前田が奪い、話を逸らそうと別の人のプロフィールを探し出す。
「……あれ」
あるページで、探す前田の指が止まった。
「どったの」
「誰だっけ、これ」
前田が夏帆に見せたページ、一番上の欄に〈白木ゆうすけ〉と書かれている。
「えっ白木くんってほら……誰だっけ」
「俺たちのクラスじゃないよな」
「……そうだっけ」
「え?」
会話の流れ、夏帆の言葉に前田が疑問の声を上げた。
「誕生日が〈十月四十日〉だってさ。小学生らしいねえ」
「え、ああ、うん。住所とか書かれてないんだな」
前田が見る限り、そこには一切まともな情報は載ってない。
「好きな食べ物は〈ペットボトルのそこ〉で、嫌いな食べ物は〈ペットボトルのそこ〉だって」
「ウケ狙いか」
そう言って前田が、再びジュースを飲もうとペットボトルを持ち上げた、そのとき。
「うわ、前田。こぼれてるよ」
「えっ」
前田がペットボトルを確認すると、底に二センチ大の穴が開いていた。
「うわあ、さっき置いたときか」
それにしてもペットボトルに穴なんて開くだろうかと、前田は疑問に思う。
「ねえ」
「今度はなんだよ」
溢れていたジュースを前田が片付けながら返事をした。
「ここの欄、さ」
夏帆が指差した場所を、前田が覗き込む。
好きなタイプは〈コーラのペットボトル〉で、芸能人で言うと〈おおま、いちろう〉。好きな人は〈オレンジ色のシャツ〉で。
前田は、自身が着ているオレンジ色のシャツを見下ろした。
「え、こわ。お前が仕組んだの?」
「そんな暇なかったでしょ。ペットボトルとか無理じゃん、前田が買ってきたんだから。でも、だけど、あの、本当に私、仕組んで、ないんだけどさ……」
声の語尾を小さくして夏帆が、着ていたタートルネックの下からオレンジ色のシャツを、小さく引っ張った。
「……このプロフィール帳、いつ見つけたんだ」
「さっき」
恐る恐る、前田が〈白木ゆうすけ〉のプロフィールを見た。よくよく見ればそれは、小学生が“ウケ狙い”で書いたにしては狂気に満ちている。まるで壊れたパソコンが偶然、意味ある文章を書いてしまったかのように。
中でも前田が目を惹かれてしまったのは、最後の欄。フリースペース。
〈ぜったいに夜、この紙をやぶかないでください。コップに入れた水に、いれないでください〉
「前田?」
「え、ああ」
夏帆の声にハッとした前田がプロフィール帳を返そうとして、手前で止まる。
「……これ、持って帰っていいか?」
悪戯を閃いたような顔で、前田がそう言った。
それは禁止と言われたらしたくなってしまうような小学生の顔。
もしくは、ナニかに魅入られて操られたかのような、顔で。
nina_three_word.
〈 カリギュラ効果 〉
〈 プロフィール帳 〉
〈 ペタロイド形状 〉