kurayami.

暗黒という闇の淵から

セイに陶酔していた

 時間にして多分、午後二時過ぎぐらいか。部屋が遮光カーテンによって暗闇に閉ざされているからわからない。頼りになるのは僕の眠気と怠さ。朝からずっと動いていないけれど、この少しだけ休みたくなる怠さは午後三時っぽい。二十二年間の経験がそう言っている。
 今日、この部屋は陽の光に干渉していなかった。だから十月昼間の微妙な陽の暖かさも皆無で、ずっと冷たいまま。僕の裸足のつま先は「感覚が無い」に近くて遠くて寒くて、グラスの中にバラバラと入った葡萄たちは丁度良い温度を保っている。言ってもこれも朝から出しっ放しだから、ぬるくてぐちゃってて「美味しい」とはかけ離れたモノになっていた。
 葡萄を一つ取り出して、皮も剥かず口の中に放り入れる。
 残り三コ。
 降ろされた歯によって皮が口の中で破けて、果汁が口の中に漏れるように広がった。柔く、噛むごとにバラバラになってぐちゃぐちゃになっていく。果汁と混ざって味が無くなるまで、僕の口の中で踊っていた。
 役目を終えた葡萄を確かに喉の底へ飲み込む。こうして長く噛んだ間、時間はどれぐらい経ったんだろう。いっそのこと残りの葡萄を全部口に入れてしまうのも有りだなと思って、いやそれじゃあ意味が無いだろと考え直す。
 部屋をうろうろと回って、遮光された窓の方を見た。隙間から微かな光が、黄色く輝いている。ああ、どんなに、どんなに抑えても延びる光からは逃れられそうにないな。やっぱり駄目なのかもしれない。
 光を〈世界の歩幅に合わせることの象徴〉として見始めたのは、いつからだったか。
 歩幅を合わせられない僕からすれば、元々好みではなかった。昼間は憂鬱だ。大半の人が平気な顔をして生活をしてる、間違っているのは〈大半以外の人間〉だって顔をして。歩幅の合わない人間はどんどん置いていくじゃないか。陽の光は優しいって誰かが言ってただろう。
 その分、夜は自由で良い。歩幅が合わない時間を選ばない人間が集まるから居心地が良いんだ。しかし楽に呼吸が出来ても生き残れるわけじゃない。歩幅を乱して歩き続けれるのは強者だけだ。
 結局、弱い人間は生き残れない。陽の光すら毒になる。
 世界は……思考する最中、グラスに入れた指が空を掴んだ。いつの間にか全て食べ終えていたらしい。ああ、もう。もうなのか。意外と早いと思ったけど、カーテンの隙間からは赤い光が差し込んでいる。
 そんな時間か。本当に早いなあ。
 僕は予め用意していた椅子に登って、灯具のヒモで作った輪っかに首を突っ込む。どうせ生きれないのならと思って、葡萄の数を余命にしたんだ。それで何が変わったかって言うと、改めてこの世界で生きれないなって諦めがついたぐらいで。もしかしたら生き続けれるんじゃないかって希望も探したんだけど。
 ううん、陽が沈む前に、この椅子を蹴っ飛ばしてしまおう。

 

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 葡萄 〉
〈 遮光 〉
〈 灯具 〉