kurayami.

暗黒という闇の淵から

望朝

 男は、毎朝一言「うん」と呟き、笑顔で俺の頭を撫でる。
 お約束の一日の始まりだった。それは俺が命を拾われた日からずっとそうだ。眩しい朝陽の中でも、曇り切った冷たい朝食の時間のときも。男にしかわからない何かを確認して、勝手に納得するだけ。何かを保ち続けている自覚なんてないから、なんのことなのかはさっぱりだった。
 今から約半年前。俺は人生で立派なことを成し遂げられないということに気付いて、山の中で首を吊る場所を探していた。限界だったのもある。何処かで間違えて修正が効かなくなって、もうどうしもうないってわかっていたこともある。少なくとも諦めがついていたからこそ、死ぬしかなかっただけだ。死にたかったわけじゃない。
 そうやって死に場所を求めて彷徨っていたとき、片手にスコップを持ったあの男に出会った。
 家に来い。養ってやろう。物好きな男はそう言った。突然新しく芽生えた人生に、俺は何があるかわからないものだなと考えるばかりだ。悪いことをされるわけでもなく、ただ暇潰しに世間話をされ、家事を頼まれるだけ。
 しかし、俺は男の名前を知らなかった。向こうは一切名乗るつもりがないらしい。素性がわかるようなことは滅多に話さない。家の中にヒントがあるかと思いきや、不気味なほど男の情報は何もない。隠されているのだろうか。わかるのはそこそこ良い会社に勤めていて、自殺未遂者を養う変わり者ってぐらいだ。
 奇妙な生活となって、考える時間が極端に増える。
 思えばそうだったのかもしれない。会社に行き、家に帰って飯を食って、寝て、また会社にいく。休日はたまに友達と遊んで、自分がどれだけ底辺にいるのかを確認する。その繰り返しの日々の中で、ゆっくり集中して考えるしかない時間なんて、なかったんだ。
 男との生活は悪い物ではない。聞かされる世間話は知識を得られるし、なにより面白い。気付けば唯一である男は、俺にとって特別な存在になっていた。出来ることなら何か、恩返しをしてあげたい。
 成し遂げたい。
 そう胸に秘めた翌日の朝。俺はいつも通り頭を撫でられることもなく、生きたままトランクケースの中に閉じ込められていた。ガラガラとコンクリートの上をタイヤが転がっているのがわかる。微かに、遠くに波の音が聞こえた気がした。
 朝一番に、男と対面したときに見た、感情が消えた冷たい表情。毎朝されていた当然が無いということも相まって、それがとても不気味で、酷く哀しくなった。どうやら希望を持つことは間違いだったようで。
 移動が止まり、一瞬の浮遊感と、鈍い衝撃。
 ああ、どう転んでも成し遂げられやしない。
 

 

 

 

 

 

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