kurayami.

暗黒という闇の淵から

フレームアウト

 この街に君は居ない。
 たぶん冬に入って数週間、寒い日が続いて数日。久しぶりの陽の暖かさを身で感じた私は、インスタントカメラを持って家を出た。秋用のコートを着るのはこれが今年最後になる気がする。だって見上げた空は何処までも高くて、迫り来る冬の事実は誰にも否定出来なかったから。
 大通り沿いのバス停へと向かう。遠くに見えるバス停が小さく佇んでいて、それがなんとなく可愛いと思いカメラを覗き込んで、遠景モードにして少しでも良い絵を探して。
 だけど、しっくり来ない。
 それはなんでだろう。
 結局シャッターを押せなかった私は、諦めてバスへと乗り込む。お気に入りの一番後ろの端っこ。目指すのは市内の大きな駅。イヤホンを付けて聴きたい曲が来るまでシャッフルを繰り返して、あるバンドの曲で指が止まった。イントロが終わるまで懐かしさと愛おしさの感情が頭の中を駆け巡る。ボーカルの声で思い出したのは君のこと、切なかったこと。バスの車窓を流れる景色はどれもこれもよく見知っていて、余計な記憶すらもしつこく付着している。
 辿り着いた駅前は、いつもより寂しく思えた。歩く人が少ないわけでもなくて、静かなわけでもない。そりゃもちろん、私を無視して過ぎ去って歩いていく人たちはみんな他人だからって理由はあるけど、本当の理由はそうじゃないのはわかっている。寂しさの本当の答えがレンズ越しに見えることは、ずっと前からわかっているつもり。苦笑いのフリと本気の溜息。カメラを覗き込んでも映らない。やっぱり君の居ないフレームは、しっくり来ないんだ。
 目に見えるのは、思い出の幽霊だけ。
 ゲームセンターの入り口にも。安いカフェの窓にも。石畳の道の先にも。
 たくさんの半透明の君が、重複に存在して、フラッシュバックする。
 フィルムが入ってないインスタントカメラを持ち歩き始めて、ずいぶんと長い時間が経ってしまった。このシャッターを押したところで、君は写らないのがわかりきっている。欲張りで傲慢な私はそれを物足りないと思って意味がないと評価してしまう悪者だ。
 求めるのは君の表情だけだもの。
 ああ、いつになったら私のフレームの中に帰ってきてくれるのだろう。
 私の欲求不満はいつまでたっても爆発しなくて、無限で、死んで終わってくれない。こうして思い出巡りをしているうちに変わらないかと思うけれど、募るのは君への想いと執着ばかり。
 レンズ越しに君を探しているうちに陽が暮れはじめて、寒さが身を襲う。
 この街に、君は居たはずだった。

 

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 レンズ越し 〉
〈 重複 〉
〈 フラストレーション 〉