kurayami.

暗黒という闇の淵から

水面下

 気付けば始まりの春は暖かさを暑さに変えて夏を迎え、緑と蜃気楼に溢れた物語の夏はいつまでも終わりに抗って、秋を世界の底に埋めて閉じ込めた。ああ、本当に秋なんて何処にも無かったよ。
 枯れていく生命は、冬のモノだからね。
 終わりの季節がついに来たんだ。
 九月の頃から嫌な予感がしていた。持ち運ぶメモ帳とパソコンがやけに軽く感じて、それが俗に言う慣れってモノだと気付いてしまった頃には、私はもう二十三の歳を迎える来年を目前にしているんだと思い知らされている。長いこと街に寄り添ってしまっていたらしい。二十三という数字に対して思うのは「もう」という感情だった。迎えるのが億劫だと思えるのは、まだ何かの準備が整っていないという焦りと、誰にも許されていないという罪悪感。
 冬の予感。街を……身体をすり抜けていく冷気を帯びた風は、知らないはずの懐かしさを胃に溜め込んでいく。やけに懐かしい……懐かしい。そうやってストールの下でぶつぶつ呟く私の顔は、どんなに怯えていたことだろう。溢れるのはぼやけた記憶。純粋な少年たちと、憂鬱に立ち向かう青年たちの記憶だ。いや、彼らはまるで私なんかじゃない。私が、彼らでは無くなってしまった。何度も変わり続けても〈彼らという私〉には抗う自由な力があったはずだ。毒すらも美味と啜っていただろう。それがもはや、いつの間にか私からは消えている。縋り甘え続ける力なんて、何処にも残っていない。
 この現状は、変わり続けることが意味の無い現実逃避だと証明する。
 虚しい延命の繰り返し。
 冷たさと止まる事の無い日常は、水面下で私に自覚を強要し、諦めさせ続けた。巡る日によってカレンダーが二回破かれた。十一月頃。これ以上の延命は限界だということに、私の心は気付いてしまっていた。迫り来る年の瀬が、この一年の終わりが、私の終わり時に相応しいとすぐに決まる。水面下に溜まり続けた毒を、啜る他に選択肢などない。
 そしたら……どうだ。見計らったように、弱った私の前に貴女が現れた。片手には甘味を持って、もう片手には私の心臓を持っている。そんな貴女がとても魅力的な餌に見えて、私は蕩ける脳味噌が入ったがたついた身体を引き摺って、下手くそに縋って甘えている。最後の最後に、なんて惨めなのだろう。もう少し早く貴女に出会いたかった。
 余命はもう、残り一ヶ月となっている。悪魔のような貴女と過ごせるのであれば、こんな私の魂も救われるのかもしれない。少なくとも今の私は少しだけ幸せだよ。
 けれど、どうか、私の最後は貴女の手で終わらせて欲しい。
 そんな最後の我儘を、聞いてくれないだろうか。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.
「 〈 どうか 〉あなたの手で殺してください」