私は〈すいぞくかん〉と呼ばれる村に住んでいる。
不思議なことに、この村には人よりも魚などの動物の方が多い。空もなんだが狭くて白い壁ばかりだ。私のような年頃の少女にはちと退屈すぎると、最初のうちは当惑していたものだが、意外と世話係の者たちが面白くて退屈していない。
数百年住んでいた海から離されたことも、悪くない程に。
というのも、最近の流行りとやらを世話係の者たちが教えてくれる。テレビと呼ばれる箱の中にはアイドルと呼ばれる偶像がいて、人々はそれに夢中なのだとか。「真似ると可愛いですよ」と教わった。可愛いというのも教わったぞ。悩殺術が発展し続けているいるとは、人はやはり変わらないな。幾つが教わったが……両拳を頭に重ねて舌を「ぺろり」と出す仕草が一番反応が良い。私の十四歳の少女姿と相性が合うらしいな。今度気持ち悪い客人たちに見せてやろう。
そうだあの白い客人ら。この見えない壁が無ければ痛い目に見せているというのに。毎回覗き込むように、あの気持ち悪い黒目でこちらをまじまじ見るじゃないか。だが、だがあの中の一人だけは違う。澄んだ黒目の青年だ。あの青年は見るだけでなく語りかけてくる。一応私も端くれとして明確な質問の答えは避けているが、あの様子じゃ人々は〈海の正体〉を何一つわかっちゃいないらしい。まあ客人たちは気持ち悪いが、あの青年と話すのは面白いから良しとしようか。
つまり、なかなか充実した生活をしている。まほろばまほろばだ。唯一趣味の蟹集めが出来ないのが不満とも言えるが、娯楽に加えて食まで提供してくれるので問題ない。海にいた頃は数年に一度ぐらいだった食が、それが今じゃ一月に一度となったのは非常に喜ばしいぞ。
私好みの男子ばかりを用意してくれるからな。
儀式なんて行わず、四肢のある状態で出してくれる。なんて素晴らしい場所かと感動するばかりだ。私は何も話すつもりはないが、居るだけで何かわかるなら是非使ってくれ。ほれ、今日も私の食が来たぞ。一体どんな好男子か……ああ、何処かで見た顔だと思えば、貴方は白い客人の青年じゃないか。一体どうした。傷だらけじゃないか。誰にやられた。傷ついた食とは感心しないぞ。
ん、なに。どうした。……ほう、こうなることを望んでいたのか。私に食われたかった……と。貴方は随分と変哲な変わり者だな、それに少し照れるじゃないか。痛みはないぞ。「ぺろり」と食って見せよう。
ああ、大丈夫。この密かな喜びは、私たちだけの秘密だ。
nina_three_word.
〈 ぺろり 〉
〈 まほろば 〉
〈 ニゲラ 〉