kurayami.

暗黒という闇の淵から

古代都市と信号

 乾いた喉の刺激で、俺の意識は目覚めた。
 目に見えるのはぼんやりとした黄土色の景色。これは、最後に見た記憶の色と食い違っている。俺は確か……冬になったばかりの日中十二時、会社前のやけに長い信号を待っていたはずだった。数十分後のミーティングに間に合うか焦っていた気持ちも、今も少しだけ残っている。気がする。
 しかし、今思えばあれは、数世紀前の出来事だったか?
 一歩を踏み出すことができた。確かな土の感触。頭上に見える太陽はやけに大きく見えて、肌に熱を与えている。現実と言うには不可解過ぎて有り得なくて、夢と言うには出来が良かった。言うならば現実を孕んだ夢とでも言うべきなのかもしれない。
 踏み出すごとに、ぼんやりとしていた景色が明確になってきた。高く滑らかな岩の壁が両際に並んでいる。道は目の前にある岩に挟まれた渓谷の道だけらしい。記憶に何も無い景色だが先へ進む以外、選択肢は無いと思った。
 頭上に存在している太陽のおかげで、渓谷の道へ入っても相変わらず暑いまま。救いと言えば通る風ぐらいだろうか。これも鋭い砂埃が無ければもっと良いのだが、贅沢は言ってられない。夢であれ現実であれ俺は迷子なんだ。
 子供の頃、夢に見る世界は、端を目指して歩けば全て壊れて眼が覚めるのだろうと信じていた。見せられている夢は世界の中心しか巧みに創られていない、想定されていない動きをプレーヤーにされたらバグが発生する。そんな考えだ。だから……どうだろう、この景色にも限界がある気がしてならない。ずっと歩き続ければ、何処かで終わりを迎えるはずだろう。
 歩き続けていると、足が引っかかったように重く感じた。足元を見ると、水。いや、これは……海だ。波が引いて、押すことを繰り返している。白い泡が端々に見えていた。いつの間に海が満ちたというのか。
 振り返ると、渓谷の外側に黒と深藍色のグラデーションが奥の方まで続いている。景色としてはとても美しくて、しかし、手招いているようにも見えた。〈死の海〉という言葉が頭を過って柄にも無く恐ろしくなり、俺は渓谷の隙間を、海の上をザブザブと走り出す。
 〈死の海〉は徐々に迫っていた。前を向けばずっと続いていた渓谷の隙間の向こう側に、景色の変化が訪れた。
 古代都市を連想するような岩の建物。
 まるで救いそのモノの、ような。
 助かりたい一心で、俺は古代都市目掛けて走り出すが、海が足に纏わりついてうまく進めない。
 それどころか渓谷は狭くなっていき、俺の身体は拘束されていく。
 見上げれば太陽はさっきより近付いていた。
 手を伸ばせば捕まりそうな程に。
 異様な熱さ。
 風と共に巻き上がった灼熱のフレアが、俺を足からどろりと溶かした。
 頭だけが残り、一瞬残った首で辺りを見渡せば、
 〈死の海〉も古代都市も近付いている。
 海に落ちた俺の頭が見たのは、信号の赤のような、太陽。

 

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 フレア 〉

〈 ペトラ 〉

〈 タイト 〉