kurayami.

暗黒という闇の淵から

蠢めき

 私は人を個を見れず、全体でしかモノを見れない。
 だから、求めるのであれば、自ら前に出てきて。
 大通りに出るまでの冬の登校路が好きだった。後ろめたい住人ばかりが住む近所はとても静かで、黒ずんだコンクリートの前に並ぶ植物たちは濡れていて可愛い。空は青くて高い日もあって、灰色一色の日もある。青くて透明な朝。冷たさは私の頬を傷付けることなく、ちりちりと追い詰めている。でも、それも大通りに出るまでの短い間だけ。
 高速への入り口も近い大通りは、たくさんのトラックが騒がしく走っていた。歩道には私と同じ制服を着た大勢が一個の生き物みたいに、トラックに負けない騒がしさでうねりを作って歩いてる。
 ここからが、私にとって外の世界。
 中身が無さそうな会話が飛び交っていた。悲しそうな雰囲気は微塵も感じられない。朝はとても悲しい時間だと思っていたけれど、やっぱり違うのかしら。朝って、昨日のことが無かったみたいに、冷たくて明るいじゃない。人も朝になってしまっているの? ううん、きっとみんな隠してるだけ。そうだと思わないと、気が狂いそう。
 なんでわざわざ、哀しいことを隠して、無理して〈楽しい私〉を演じているの。もしそれが秩序のためだと言うのなら、救いが無くて哀しくて、馬鹿馬鹿しくて切なくなる。でも、良かった。私は私だから、貴方たちなんかとは違う。悲しければ涙を流して泣くし、手の出したいものには触れるだけ。貴方たちみたいに秩序ごっこなんてしないわ。だから仲間ハズレでも結構よ。
 人はみんな、道化みたいに蠢動するのが好きなのね。
 この賑やかな教室の中で、一体何人が親しい者の死を昨日経験しているのかしら。そうやって笑ってばっか。人の目を気にしてそれが自然だと信じている。私はこの教室の何を、見せられているの。縋ること手を伸ばすことを知らなさそうな顔をして、少し怖い。それは、私もそうだけれど。
 窓際に目を向けると、こちらを見ていたであろう一人の男子が慌てて前を向いた。少しだけ伸びた前髪を意味もなく触って気にしている。ああ、そういえばあの子は、この前の。先週金曜日の夕方、図書室で泣き腫らしていた子だ。
 夕陽が差し込む輝きの図書室。あの子は私が近付いても、しばらくぼーっとしていた。覗き込んでやっと気付いたあの子は、美しい涙を一筋流して「たすけて」と懇願する目をしていた。
 でもすぐにハッとして、逃げて行ってしまったの。ねえ、今もまだ、懇願したいと思っているのかしら。
 たすけてとちゃんと言えたら、私が至情をあげるというのに。
 でもあの子には、無理な話ね。人だもの。

 

 

 

 


nina_three_word.
〈 蠢動 〉
〈 懇願 〉
〈 至情 〉