立ち並ぶ男女二人の前、夕刻の自然世界が広がっている。
朱色となった夕の陽が差し込む森は、黒く細いシルエットが並ぶ舞台と化していた。街の雑踏は遠く離れて低く唸る風の音だけ。低く冷たい温度が土の底から湧き出て、暖かい陽の温度に溶けていた。
そして、男と女の後ろに生えた樹木、その高い位置にある太い枝には一本の縄が輪っかを作り吊るされている。
「もう、大丈夫……でしょうか」
女が覗き込むように、慎重に男に問いかけた。
「そうだな。そろそろ行くか」
深く息を吐きながら男は呟いて樹木と向かい合う。縄は風に揺れて、誘うようにひとりでに揺れている。その様子を見ても男女は表情を変えることはなかった。
一歩一歩と、男は重たい足取りで用意された三脚へと向かっていく。女は三脚に登った男の正面になる位置に静かに移動した。二人の間に存在するのは一本の縄だけとなる。
輪っかを手に持ったまま静止した男に対し、女が心配そうな顔で語りかけた。
「やっぱり、駄目ですか」
「そうじゃない」
男が首を横に降って、女を見つめる。
「なあ、最期まで私のことを、見守ってくれるか」
そんな心細そうな男を見て、女が優しく微笑んだ。
「当たり前じゃないですか。私は貴方の最期の最期まで、一秒残ることなく見届け続けますよ」
いつもと変わらない、力強く歪んだ愛が篭った声を聞いて、男は言葉に偽りは無いと酷く安心する。
風が止み、暫しの沈黙。
二人に、言葉はもういらなかった。
男が重たそうに輪っかを首にかけて、浅く息を吸って三脚を蹴る。瞬間男の身体が地面数十センチ上まで垂直に落ち、この世の終わりのような衝撃を首に与えた。ほんの少しずつ男の首を縄が絞めていく。
圧迫。女の目の前で男はもがき苦しむ。その様子はまるでデタラメな舞踏のようで、女は手を合わせて笑顔で見守った。
死を踊り続ける男。
血が溜まり顔が破裂しそうだと、朦朧とする意識の中で男が見た女の姿。いつものように笑顔を絶やさず見守る女の姿はまるで、男にとって女神のようだった。
nina_three_word.
〈 イシュタム 〉
〈 テレプシコーラ 〉