kurayami.

暗黒という闇の淵から

七つの子と数多で一つの

 鴉が住み着いた瓦屋根の平屋が並ぶ山奥の村。夕焼けが美しいと言われる村の外れには、背の高い断頭台が聳え立っている。
 この村だけの決まり事。
 少しだけ厳しい決まり事。
 村人たちは断頭台周りを〈地獄〉と呼んでいた。何故なら決まり事を破り切断された罪人の身体と首が、忌み嫌われて片付けられないままだったから。誰しもが近付こうとしない死の象徴である場所。親から「悪い子にしていたら地獄に連れてくよ」と躾けるような場所。連れて行かれる罪人の死への恐怖を底無く出す場所。
 しかし、ただ一人。今日も地獄への道を歩む子が一人だけ。
 黒い長髪を後ろで一つに結いた、七つの少女。
「ああ、お前さん、そっちへ行ってはいけないよ」
 老人が誰も通ろうとしない、ススキの海に挟まれた細い獣道へと進む少女を止めようと声を掛けたが、それを近くにいた老婆が止める。
「やめておけ、声をかけるのも汚らわしい。あれは罪人の子だ。あれにとって地獄は揺籠そのものなのだろう」
 老婆の言葉を聞いた老人が見た先で、少女が鼻歌を残して消えていった。
 ススキの海の道は重たいモノが引き摺られたのがよくわかるように、割れている。鼻歌を紡ぐ少女の父親は、村の些細な掟を破り首を断たれていた。村から子を出してはいけないという掟。病にかかった自身の娘を、麓の医者の元へと連れて行った罰。ほんの些細な掟を破ることを、父親は許して貰えるとは思っていなかった。
 全ては罪人になる覚悟での掟破り。
「ぼろぼろになっちゃったなあ」
 独り言を呟いた少女の手元にあるのは、大きな淡黄色の空の巾着袋。ススキの海は少しずつ開け始め、背の高い断頭台がてっぺんを覗かせていた。
「とうちゃく、とうちゃく」
 巾着袋を片手に少女は腕を振る。中へ入る程、嗅ぎ慣れた腐臭が鼻腔へと入り込んだ。断頭台の前まで来た少女はいつものように窪みに触れて、撫でる。
「さて、今日は、どれにしようかなあ」
 そう言って少女が見渡した先には、首と身体が散らばっていた。
 お目当ては、すぐに、見つかる。
 父親と同じ姿の、歪。
 少女は、重くなった巾着袋を両手で抱えて、夕暮れのススキの海を、暗くなり始めた村の中を歩いて帰る。空は暗く終わりのように黒と赤に染まっていた。少女の平屋は朽ち果て、今にも壊れてしまいそうで、人の気配がない。
 母親は全く帰っていなかった。酒屋の男の元へ縋り、平屋の台所で気まぐれに料理を作りに戻る往復の日々を繰り返している。
 だからこそ、奥の和室の襖を、母親はずっと開けていない。
 襖の奥にいるモノを、何も知らない。
「よいしょ」
 少女がガタついた襖を開けると、地獄と同じ腐臭が漏れ出した。暗闇が何処までも続いているような部屋の畳床をよくよく見れば、数多の生気のない目と目が合う。
 並ぶ男の首、首、首。
 巾着袋の中身、男の首を取り出した少女が優しく置いて並べた。目線がばらついた首の並び。それは少しでも〈父親〉が寂しくならないようにという、少女の配慮、おままごと。
「あれ」
 不意に、並ぶ首を見つめていた少女は違和感を得た。
「たりない……?」
 一定の間隔で置いていたはずの首の並びに、隙間が多く空いてることに少女は気付く。しばらく首を傾げて考えるが「まあいっか」と和室を出て行った。

 奥に連なり蠢く、首と首と首と首の〈父親〉だったモノに気付かないまま。

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 断頭台 〉
〈 巾着袋 〉