kurayami.

暗黒という闇の淵から

アナタ

「貴方は、とってもお利口ね。生きとし生けるもの全てに、平等に優しく接している。関わることで人を不幸にしない。飲み込んだ哀しみは全て私に話してくれる。包み隠さず全て。心を裸にするって簡単なことじゃないのよ。なのに、苦痛を引き入れて、それでいて楽になる術を知っていてすごいわ。優しいうえで自分だけが不幸にならない身でいれることがすごく、強いの。私にちゃんと甘えれて偉い。私だけってのも偉いのよ。とってもお利口。だからこそ、みんなに愛されて、私にも愛されている。うつくしい生き様をずっと見させて欲しい。ねえ、聞いてる?」
 現実離れした何処までも広がる青空と緑の草原。そこに、二人の若い男女が向かい合っていた。
 女の言葉を聞いた男が、腕を組んで答える。
「それは、誰のことだ」
「もちろん、貴方のこと」
 呆れた男が溜め息を吐いた。その様子を見ても女は余裕を見せた態度を崩さない。
「あら、私から見た〈貴方〉自身なのだけれど」
「俺は誰かに優しくしようとも思わないし、お前なんかに甘えない。捏造をするな。それはお前の幻でしかないことを知れ」
「そんなことを言われても、ねえ」
 自身の頬に手を添えた女が草原に似合わない妖しい細い目をして、男を見つめた。
「証拠は、あるのかしら」
「俺自身が反証だ」
 疲れた目をした男の言葉は自信も説得力も関係なしに、女の前で落ちていく。青空には少しずつ灰色の雲が浮かび始め、草原に影を落とし始めていた。
「自分のことだけを考えて生きてきた。周りの不幸も幸福も知らん、見てもいない。だからこそ薄汚くてずる賢くて、利口なんかとは遠いモノだ。甘えて迷惑をかけない。弱みなんか晒すものか。お前の言うその〈俺〉なんかは、何処にも存在しない」
 言い切った男の向かい側の女は、その顔を雲の影に包んでいく。表情が隠されていく。
「貴方は本当を知らないだけ。見ていないだけよ」
「似ても似つかないだろう」
「そうかしら。少なくとも貴方と私の〈貴方〉は相対してると思うのだけれど」
「……どこが、だ」
 光を絶やさない灰色の下の草原は枯れていく。
 本当の地の姿を今、晒す。
「だって、貴方も〈貴方〉も、どっちも存在していて、アナタという本質は変わらない。クズだからお利口だからって関係ない。どっちも私無しじゃ生きれない事実は変わらないの」
 女の言葉は語尾が強くて、少し早い。何も言えない男には女の表情が見えていた。
 手のひらに望みのモノが転がる笑み。
「さあ、思い出して。成って」

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 相対 〉
〈 反証 〉
〈 捏造 〉