kurayami.

暗黒という闇の淵から

僕らの街

 僕と君は、この街からはきっと離れられない。
 最初そう思ったとき、特に理由があったわけではなかった。ふと頭に浮かんだ確証。〈僕らはずっとここにいる〉らしい。漠然としていて姿が見えない、しなやかな鎖に、強く拘束されている。捩伏せるような重力が働いている。君は「遠くへ逃げたい」とよく言っているね。でも、それも叶わないだろう。ここから出ることは出来ても、僕らはこの街へと帰ってしまうのだから。理由はわからないけれど、ここを離れる想像が全くつかなかった。
 このことを不幸だと君は思うだろうか。僕は別にどこへ行きたいだとか希望はないから、この街に囚われていても特別不幸だとか思わない。むしろ何か安心というか、まあそれが答えなんだけれど、ああ、今は君の話がしたい。ねえ、不幸だと思うのかい。それほどに街を嫌う必要があるのか。街にいることで君に何の支障がある。生まれ育ったこの街のこと、何が在るかという事実を君はもし忘れてしまったのなら、僕はとても虚しいよ。
 遠くへ逃げたい、か。君の言う「遠く」って何処さ。何をもって遠くになるんだ。この街が見えなくなる程だと言うのなら、君はいつまで経っても遠くへなんか行けない。君がどんなに大切なことを忘れたとしても、街の記憶だけは薄れることはないんだよ。遠く、遥か遠くへ行くぐらいならば、街を変えてしまう方が手っ取り早いだろうね。ああ、君にも僕にもそんな力はないんだけれど。
 意地っ張りな君は僕の話を聞いても諦めてくれなさそうだから困る。最初にも言ったじゃないか、僕らはこの街からは離れられない。〈確証の理由〉はとても単純なんだ。考えた果てに気付いたときは思わず笑ってしまった。そういえば、いつだってそうだった。僕が気付く時に君は隣にいない。同じこの街にいるというのに。
 そうだ、その通りだよ。やっと僕と、気付けたね。
 離れられないのはこの街自体じゃない。
 僕と君が作る、二人の世界そのものだ。
 全部を忘れてしまったわけではないだろう。僕と君が作った大切な思い出の数々を、積み上げてきた時間を、全てこの街に収束されている。街灯ひとつひとつに深く染みている。だけど器でしかないんだ。この街は僕らの世界の器でしかない。君がいて僕がいることが重要なんだ。街の思い出には僕がいることを忘れるなよ。いや、忘れられやしないんだ。少し僕が不安なだけで。
 まあ、だから、君には僕がいる限り、離れられない。僕もまたそうだ。
 例えこの街が滅びようとも。
 死が訪れようとも。
 僕らはそれでも、ここにいる。
 

 

 

 

nina_three_word.

〈 僕ら 〉〈 それでも 〉〈 ここにいる 〉