kurayami.

暗黒という闇の淵から

終わりなき日常の寄り添い

 頭上には、私の日常が見えていた。
 明るい空に街が島となって浮かんでいる。そこには大好きなクレープ屋さんや小さい頃からお世話になっていた商店街が、下から透けて見えていた。通えばなんとかなる学校も、なんだかんだ憎めない家族たちも。全部私の日常だ。
 そんな日常の街から下がる螺旋階段を、私は貴方に手を引かれて、降り続けている。
 一歩なんてものは単純で、理由を抜いてしまえば小さな動作でしかない。
 だから、降り始めたときの一歩目なんて覚えているはずがなくて、今もこうして日常から離れ続けていることの始まりを思い返そうにも、とてもとても無駄なことだった。後悔なんて意味がない。でも、横の景色が変わってないように見えるのはぐるぐる回ってるだけだからであって、実は見上げるたびに私の日常は遠くなっている。降りる先は真っ暗闇。このまま行けば私はもう、あの日常には帰れなくなってしまうのだろう。
 始まりを後悔しなくても、手を引いて降り続けるこの人を止めることは出来る。まだ目に見える日常に向かって階段を登れば、帰ることだって出来るはずなんだ。戻れる今のうちに、駄目だと判断してしまえば。
 あれ。でも、私の日常ってそんなに良いものだったのかな。
 この人を否定してまで、帰るべき場所だったっけ。
 別にそんな大切な人じゃない。少し前、日常に突然現れたこの人は私の手を引いて、いつの間にかこの何処に続いてるのかわからない螺旋階段を降り始めた。過去の思い出に深く干渉してるわけでもないし、私はこの人のことをあまり知らない。なのに、なぜか悪い気がしなかった。誰にも引かれなかった手を掴まれて、導かれることを喜んでしまっていた。
 元々私は、日常のなかでなにを頼りに生きてたんだろう。少なくとも理想はあった。この日常を維持しつつ、全ての願いを叶えたいと思っていた。それで空っぽになって……つまり満足して、死にたかった。ああ、だから毎日ちょっとずつ願いを叶え続けることは、日常の頼りだったと言えるかもしれない。そうだ、私は〈いつ終わるかわからない〉に寄り添っていた。
 日常に帰ったところで、私の頼りは虚しくも叶わないまま続く。貴方は、そんな虚しい日常の頼りの代わりになると、言えるの。
 寄り添ってもいいの。
 私に死を、もたらしてしまうの。
 この螺旋階段は何処まで続くんだろう。貴方の暖かい手は降り続ける限り離してくれないのかな。なんでこんな終わりみたいな場所へ向かってるのに、酷く安心してしまっているのかな。
 ねえ。貴方の「大丈夫」に、寄り添ってもいいかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.
〈 思慮分別 〉
〈 螺旋階段 〉
〈 代償行為 〉