kurayami.

暗黒という闇の淵から

夜から朝へ

 一年という時の中で、冬の午前四時はたぶん、一番冷たい。
 貴女といても。いや、貴女といるから。
「空、ほんの少しだけ明るくなってきたね」
 全てを終えた裏路地。僕の隣で温くなった缶コーヒーを手に持って、彼女は震える声でそう言った。コートとかタイツの厚さとか関係無しに、新宿はビル風と共に冷たさを運んでくる。
 遠くぼやけた夜空に、都会に見えないはずの星が揺らいで見えた気がした。そして、ちょっと前に呟かれた彼女の言葉に何か答えないといけないと僕は思ってなんとかして振り絞って出した声は、乾いた喉に引っかかって少しダサい。
「う、ん」
「ねえ、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
 彼女の感情を見せない声に答えた僕の言葉は、特に考えられてなくて、何も大丈夫じゃない。
 もう朝になってしまう。
 望んでもいない、どうしようもなく進む秒針。
「そっか。ううん、君は大丈夫。きっと朝は寂しがり屋だからさ、私が居なくても君を一人にすることは、ないんじゃないかなあ」
 何を、言っているんだろう。ああ、そうじゃなくて。
「別に一人ぼっちが嫌なわけじゃない」
「わかってるよ」
「わかってないだろう」
 何もわかっていないだろう。わかるわけがない、僕にもわからないのだから。もし僕らにとっての正解である答えを見つけていたのなら、この〈先〉の時間が生まれたわけじゃない。きっと、元々あった僕らの時間が生まれなかっただけなんだ。そだけがどうしようもなくわかっていて、認める方法は何一つわからない。
 事実を拒んでいる。かと言って、これから〈先〉が無いことに愚図ってしまっている僕だ。そんな子供を拒まず「朝が来るまで」という制限時間まで作って側にいる貴女が、とても怖い。
 このまま続けば良いと思える夜は、もう長くなかった。
 だから、どうしようもなくて、僕は口に出す。
「きっと朝は、まだ来ないよ。来ない」
「……うん、そうだね」
 同情とも、宥めるような声にも聞こえる声を出して、彼女は俯いた。
 遠くに見える大通りを走る車が、徐々に増え始める。耳を済ますと電車の走る音が聞こえた。座り込んだ僕らの前を、通勤服に身を包んだ大人たちがゆっくりと通り過ぎていく。
 とっくのとうに、夜とは言えなくなっていた。
 いつの間にか、優しく薄い水色に空を染めている。
 ああ。きっと、きっと。一秒後に貴女は帰り始めてしまうのだろう。だけど僕はもう立ち上がれない。
 貴女が寂しがり屋と言った朝に、捕まってしまったから。

 

 

 

 

 

nina_three_word.

「〈 きっと 〉朝は」を含んだ台詞。