kurayami.

暗黒という闇の淵から

瞬く光、二日目

「ねえ、冬って好き?」
 珈琲が揺らぐ赤いマグカップを持った黒髪ボブの女性……星さんが、聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「え、なんですか」
 そんな声に対して『解剖図鑑』を読んでいた細身の少年……骨くんが上ずった声で返事をする。
「ううん、なんでもないよ」
「えっと冬ですよね」
「うん」
「好きですよ。身を感じれるので」
 骨くんのよくわからない返事に「ふふ、なにそれ」と星さんが可笑しそうに笑った。暖炉の火が熱を放ち、煉瓦の部屋を暖め始めている。
「じゃあ、昨日言ってたけど……どうして冬の夜空が綺麗か、知ってる?」
「澄んでるから、とか、空が綺麗だから。とか言いますよね」
 窓の外に広がる夜空を見て、思いつく限りを骨くんが上げた。
「えー。澄んでるって、なあに。空が綺麗って、なにが綺麗?」
 意地悪そうな声がして、一瞬の考える間が生まれる。
「……確かに何もわからないかも、です」
「ふふん。でしょう」
「この場合、星さんに聞くのって良いんですか」
「良いでしょう」
 待ち望んだ展開になったのか、星さんは嬉しそうな顔をして自身が持っていたマグカップを骨くんに渡した。
「まずね、星空が綺麗な理由は一つじゃない。〈冬 夜空 なぜ綺麗〉で検索をかけると、だいたい四つの理由が出てくるの。だからそれを、私が噛み砕いて説明するね」
「はい」
「一つ目。冬の夜空は、きらきらした星が多い」
「オリオン座とか目立ちますよね」
 両手で持ったマグカップに口をつけることもなく、骨くんが答える。
「そうそう。冬の夜空の特性ってのもあるけれど、あの特徴的な三つ星は夏や秋にも見れるんだよ。他にも星で言えばシリウスとか、プロキオンとか。カストルポルックスアルデバラン。……まあ星自体の話は、追い追いね」
「ええ、楽しみにしておきますね。それで、あと三つの理由ですよね」
「うん。二つ目はずばり、残照」
「ざんしょう」
 立ちっぱなしだった星さんが、骨くんの正面のソファに座った。
「残った照らし、と書いて残照ね。つまり陽が沈んでも残っている空の光のこと。夕と夜の隙間。あれがね、夏は遅く沈むから残りがちだけど、冬は早く早く沈むから夜に残らないんだ」
「へえ。じゃあ夏って、あまり夜じゃないんですか」
「んんん、そうね。あまり夜じゃないかも」
「冬は……」
「冬は、結構夜。だから夜は真っ暗なの」
 納得した顔をして骨くんがマグカップを星さんに返そうとするが、彼女は受け取らなかった。
「次、三つ目は乾燥」
「寒いほどって聞きますけど、それですか」
「んー四つ目もそれ“っぽい”んだけど、そう。寒くなって乾燥すると、夜空にかかっている水蒸気みたいのが凍ったり消えたりするんだって。詳しいことはいまいちわからないけれど、霧がかかってるよりは見やすいってことだと思う」
「なるほど。だから寒いほど良いんですね」
 頑なにマグカップを受け取らない星さんに諦めた骨くんが、マグカップに口をつける。
 熱かったのか、すぐに口を離した。
「そういうこと。で、残った四つ目、これは見せ方の話」
「み、見せ方」
「河原とか歩いていて、遠くの光が揺らいでるのを見たことない? あれってね、光の屈折の関係なんだって。風が強いと空気中にある層が揺らいで星が揺れて見えるんだって。あの日、あの海岸での星空はそういうことだったんだ。それから、寒いと圧がかかって、層の密度が高くなって光がぶれぶれするのかもしれないってちくわくんが言ってた」
「……ちょっと話ずれるけど、竹輪って骨がないよね」
「そうだね?」
「うん……」
 再び珈琲を唇の先ですするように骨くんが珈琲を飲んだ。今度は熱さに負けることなく飲めたらしい。
「星の揺らぎ、このことを〈瞬く〉と言うの」
 そう言った星さんの瞳を、ふと骨くんが見ると、冬の夜空も寒さも関係なしに、暖炉の暖かさに包まれたこの部屋で、淀んで綺麗に揺らいでいたように見えた。