kurayami.

暗黒という闇の淵から

消失点

 熱気が苛立ちと共に俺を包み、前髪に汗を滴らせた。
 コンクリートの硬さが一々身体に負担をかけて重圧が歩みを遅らせる。しかし、気が遠くなる真夏の残酷とは裏腹に、俺の精神は酷く落ち着いていた。
「ああ、大丈夫だ」
 わかっていた。
 全部わかっている、理解している。熱気なんかで日々の生活はどうにもならないことを。揺るがない。寄生虫と成って「もし駄目だったら」を知ってしまった。重圧と残酷さに滅入ることなんてない。
 ふざけた形をしたビルとビルの隙間に入道雲を見た。
 途切れ途切れに聴こえる蝉時雨。
 そうだ、もう子供じゃない。
 財布に入っている女の金が、怠惰な安心感を俺に与えた。これで生活を続けられる。水道も電気も、携帯もしばらくは大丈夫だろう。駄目なら別の女を作ればいい、この町には腐るほどいるのだから。全てこの町が教えてくれたことだ。
 光明が一転して日陰へと入った。ビル風が微かに吹く。熱気から逃れたかのように、昼の町はいつもより人が少ない気がした。それでも道の端には風俗嬢が缶ビールとツマミを広げ、キャッチらしい男たちは町を見渡している。蜃気楼が遠くで揺れた気がした。年老いた猫背の男が歩みを止めず、熱気にやられながらふらふらと俺の横をすれ違っていく。
「大丈夫だ」
 なんとでもなることを知ってしまった。お人好し他人に余るキャパシティは、俺一人を救うには十分だろう。浅い関係性を手繰り寄せればなんとでもなる日だ。なんとでも、なってしまう。しかし何故だろう、あの遠くに見える、黒い穴は。
 焦りとも不安とも違うモノが遥か先にある。〈大丈夫だ〉わかっていた。真夏の重圧と残酷の正体は熱気などではない。黒い穴の正体はどうしようもならない距離だ。辿り着けない消失点。そこから遥か過去の俺が覗いていることを、知っていた、わかっていた。
 日陰を抜けて、再び起きた光明の一転に目を細める。先の道に日陰は見当たらなかったが、目的地であるコンビニが向こうに見えた。すぐそこにあるはずなのに、随分と遠くにあるような気がした。一歩が重い。
 小さくてくだらない目標を達成する日々が今の人生、そんな言葉が頭を過ぎり消えた。いや、その日々に不安はない。どんなに重たい一歩でも沈みそうになれば前足を出せばいい、それだけだ。一つ一つ掴んで進めばいい、先に。先へ、先へ。なんとでもなってしまう当てのない先へ。
 だからこそ、
「本当に、大丈夫なのか」
 後ろには、もう。

 

冷たく白糸を解かれて

 藍色が色濃く、深く染まる黒髪の夜十一時時過ぎ。
 冬の冷たさが終わるべきモノたちを、凍らす前に。
 高層マンションの屋上から、少女が眠る街を見下ろしていた。白く揺らぐ子の朧な光。無人の道を濡らす街頭。夜に襲われて拭えない一室の明かり。街は鼓動するように点々と眩いまま、陽がないことを良いことに眠り続けている。しかし、ファーコートに身を包み眼下を見下ろす少女は、そこへ広がる〈生〉に意識を奪われていなかった。
 フェンスを抜ける白い風はコートの裾を荒々しく揺らす。冷たさ、痛さ。内に篭った熱なんて些細な頼りで、この気温下では寒さだけが絶対的だ。風は止むことを知らず、過ぎ去る時と同じ。少女が屋上に立っているこの一瞬も十代という一瞬も、先に後悔を笑うその一瞬、終わりばかりを考える単純思考の一瞬も。白い風と同じだ。
 時は一瞬で帰らず。過ち。
 諦めることを知らないのは愚か。少女はコートのポケットに入っている無機質な携帯を握って、強くそう思った。叶うと信じている、叶わないと気付かないフリをしているモノたちは、一方通行の呪いにかかっている。もちろん少女の思うソレは過程を見れば正解ではない。少女のソレは結果を見れば正解である。ただ、少なくとも、少女の目に映る街に白んだ夜空には、終わりだけが描かれていた。深く冷たい夜空は、海よりも優しい、暗闇。
 沈みかけてる星空と月に少女は惚けて目を奪われて、優しい気持ちへ誘われる。頑張ることが可哀想だと眼下に同情をし、どうか諦めますようにと目を細め、願った。白い風に身を預けた少女は精神を頭上の宇宙へと投げて、終わるべきモノたちの正しい結末を祈る。粕より軽い浮ついた言葉よりも、手の届く範囲での思考を。微睡んだ後悔をし、己が何者かと知り他人を呪うような時間が、細い少女の視野だけに見えている。夜の街。一歩前へと出て、フェンスを小さな手で掴んだ。柔い五本の指が交差する鉄線によって見えないまま傷つく。
 現状と世界はいつだって人を追い詰めている。手を悴ませた少女は信じてやまない。抗っても無駄。始まりはいつしか終えてしまう、それも残酷に。夢は夢だから夢で、悲劇なほど可愛がられるモノ。だからこそ、だから、こそ。希望を手放し諦めてしまうことは正しいと、眼下の眩い街へ視線を落とし、そして、履き慣れた自身のスニーカーのつま先が少女の目に入ってしまった。
 気付き。
 宇宙より落下する精神は事実を認識する。街への願いは、少女自身の望み。何もかも終わらせたいと、諦めたいと苦悩する身を屋上へ運んだ、街を見下ろす神モドキに過ぎない。しかし真実は、白い風の中で身動きを取ることが出来ない、痛み続ける苺なのだから。
 腐る頃には、食べる頃には、いとしい冬は終わる。
 哀しくも新たな始まりが芽吹く、季節へ。

 

だからとニヒル

 別れて以来、久々に彼と連絡を取った。二年ぶりぐらいに。
『久しぶり、元気だった?』
 なんてことのない彼の返事。私は淡々と返し続けて、固まっていた想いが解れて、どろどろに溶けていくのがわかった。ああ、良かった。電気の消えた十二月の自室は、窓から伸びる眩しい陽射しで明暗に分かれて存在している。伸びた白い脚が温度に触れていて、暗闇の中で床に携帯を持った手を落としている私は、酷く冷えていた。
 どろどろに溶けた想いの中に、まだあの頃の感情が残っていたみたいで。そして露出してしまったそれは、行き場を失っている。彼との他愛のないやり取り。後ろめたさを感じない彼の返事。言葉。態度。ああ。
 私やっぱり、彼に忘れ去られていた。
 彼の中に、私への想いはもう、ない。こうして数年経ってから連絡することは、あの日、別れたあの日に決めたことだった。私を覚えているかの嫌らしい確認。ううん、どうせ忘れっぽい彼のことだから。忘れているだろうと思ったから。だから……決めていたことだったけれど、いざ失ってしまうと、やり場のない暗闇だけが何処か浮いている。自身の価値を疑ってしまったり、過去の否定と解釈してしまったり。縋るように想っていた彼と連絡を取ってしまった私には、〈過ぎたことだから〉と強がることも出来ない。これで良いはずなのに。
 忘れ去られてしまったことは、正解だった。もちろんどうしようもなく哀しいことだけれど、私になんて囚われていても仕方がないことだし、彼にとって私なんて、そんなものでしょう。何より……これで良かったんだ。
 もうあの頃がないことが、どれほど、都合の良いことか。
 何もないってわかっていた方が、気が楽だ。「もしかしたら」なんて考えるだけ意味がないのに、どうしても根底に潜んでしまう。復縁のような希望を持つんじゃなくて、夢を描いてしまうんだ。私の中の明るい未来には彼がいてしまう。理想が彼だけになってしまう。だから。彼の中から私がいなくなることは。だから。彼が忘れっぽいことのついでに私を忘れてしまうことは、都合が良いから。だから。だから。
 窓から射し込む陽射しは、私の元まで伸びるどころか、今はつま先を暖めるだけだった。寒い。冷たい。でも寂しいだなんて想えば、私は壊れてしまう。「都合が良い」とニヒルに微笑んで、大人にならないと。
 誰しもが何かを忘れて、生きている。当然のこと。
 だから。冷たさの中で瞳を枯らす必要、なんて。
 

 

 

 

ni℃
〈 アムネシア 〉

頭蓋骨を叩く音、三日目

 八王子の山奥。暖炉の火が踊る煉瓦の部屋。
 色白で痩せ細った少年、骨くんが本棚の上段に手を伸ばしていた。
 そこへ、後ろに立った黒髪うなじ美人の星さんが僅かな差で本を掴み、骨くんへ渡す。
「……ありがとうございます」
 不服そうに、骨くんが本を受け取って静かに礼を言った。
「私、腕が長めなんだ」
「ふうん。じゃあ、じゃあ、骨のは短めってことで。星さんは立派な〈上肢〉をお持ちみたいで!」
「ええ、怒らないでよう。えっと、その、なに〈ジョウシ〉って」
 拗ねた骨くんを前にして、あまりにも自然過ぎる流れで話は勉強パートへと入っていく。
 今日は骨くんの話。
「ああ、腕の骨のことです。いや腕だけじゃなくて、あのニーナの肩甲骨さんや、鎖骨含めて〈上肢〉と呼びます。だから真っ直ぐ立った人を想像したとき、上肢は片仮名のコの字みたいな……これ、伝わりますか? 〈上肢〉って腕周りなのに意外と範囲が多いって話なんですけど……面白いですか」
「大丈夫だよ。もっと聞かせて、他の骨くんの話」
「今日ずーっと、こんな調子ですよ。全体の骨を六個に大分した〈上肢〉〈下肢〉〈脊椎〉〈骨盤〉〈胸郭〉〈頭蓋骨〉……このそれぞれ簡単に説明する回ですよ」
「いいよ。話したいんでしょ?」
 星さんの自信ある声に、不安そうな骨くんの顔が若干和らぐ。
 日中の暖かさが残っているのか、まるで寒くない日だった。
「じゃあ、お言葉に甘えて続けます、ね。えっと……〈上肢〉の特徴として、よく回ります」
「回る……ああ、腕をぐるぐる?」
「そうです、ぐるぐるです。手のひらでお餅だって焼けちゃいますよね(伝わりますか?)。筋肉があるとは言え、こんなに自由度が高いのは腕周りぐらいでしょう」
「ほえー。じゃあ、次に自由度が高いのは?」
 骨くんが少し考えて、星さんの言葉に答える。
「次って言うぐらいなので対になるような〈下肢(かし)〉……と言いたいところですが、個人的には〈胸郭(きょうかく)〉を推したいです」
「キョウ……って言うと胸?」
「はい。〈胸郭〉は二十四本の肋骨と、胸骨という小さな骨で主に構成されています。よく見るあのカゴのような形ですね。何故あんな形をしているかと言うと、中に入っている臓器を守るためです。もうザ守るって形をして硬そうですけど、ちゃんと中に入ってる肺に合わせて動くんですよ」
 肋骨を動かすようなジェスチャーに合わせて、暖炉の火によって作られた影が楽しそうに動いた。
「ええ。でもそっか、じゃないと肺が膨らまないもんね」
「そうなんです。肋骨があれだけ曲がってるのには、内に外に動く意味があったからなのです。そして〈下肢〉。これは言わずがな〈骨盤〉を含んだ脚周りを指すんですけど、なんと言ってもその魅力は大きな骨、大腿骨です。とっても大きいです。たぶん成人男性なら大きな方のリコーダーぐらいはあります」
 楽しそうに語るなあ、と星さんが本棚へ体重をかける。
「体重を支えないといけないですからね。だから太くて立派なんです。さらにさらに、その大腿骨などを受け止める〈骨盤〉には、生殖器や泌尿器などの臓器が意外と詰まってるんですよ。その独特なシルエットはまさに骨的。男女で結構な違いがあるのも特徴的だと……あっ、ああ、なんかすみません。一人勝手に語ってきもいですよね……」
「きもくないよ。楽しそうで私は嬉しい限りだよ」
 落ち着いた低いトーンの声と細い目が骨くんを宥めた。
「ほ、本当ですか」
「ほんと。〈脊椎(せきつい)〉の話も聞かせて」
「んん、じゃあ、話します。話させてください。〈脊椎〉は良いですよ。あのゴツゴツで曲線のある形状はとてもエロスがあって。どの動物も決まって美しい。一度KITTEの展示に行くことをお勧めします」
 インターメディアテクは良い。
「う、うんうん。そういえば、いつも〈脊髄〉と〈脊椎〉を間違えちゃう。音的に」
「濁点がない方が骨! って覚えるぐらいしか手がないですね。この〈脊椎〉の特徴は、連なる二十六の骨がつくる曲線と言ったところでしょうか。骨と骨の間には椎間円板(ついかんえんばん)と呼ばれる軟骨がクッションとして挟まっていて、それであの腰のくねらせを可能としています」
「ふうん。ちょっと蛇っぽいかも」
 星さんが春に浮かぶとても長い星座を思い出してそう言った。
「確かに蛇っぽい。ああ、そして、最後になってしまいましたが〈頭蓋骨(とうがいこつ)(解剖学だとそう読むらしい)(頭良さそう)〉。知っての通り頭の骨ですね」
「骨の象徴とも言うべき形をしてるよね」
「ええ。この〈頭蓋骨〉には脳が入っていて、五感のうち四つ『視覚』『聴覚』『嗅覚』『味覚』の役割。さらに食べたり話したり、表情を作ったりなど普通に重要な役割をしています。まさに身体の門番というか。ただ……」
 骨くんが言いにくそうに、少し言葉に詰まる。
「ただ?」
「とっても複雑な形をしているんです。パズルのように二十三の骨が、不動関節と呼ばれる文字通り動かない関節で縫合されているんです」
「へえ。なんかそんな複雑そうな形してないのに、意外」
「すごいんですよ。もう全然覚えられなくて、たぶんこれから勉強するのも最後になるんですよね〈頭蓋骨〉」
「うんうん。ゆっくり勉強しよう。ああ、骨の部位にはたくさんの役目があるんだねえ」
 星さんが拍手をし、一人骨くん語りが終えた時、窓が風に揺れる音がした。
「……そういえば最近、花ちゃん来てないですね」
「骨くんが本名で呼んだときにキレてたじゃない」
「あれのせいなんですか。冬だからじゃないんですか」
 あんなので拗ねるだなんて女の子はわらかない。と骨くんが口を尖らす。
 すぐそこで、舞う花弁に気付くこともなく。

 

 

 

瞬く光、二日目

「ねえ、冬って好き?」
 珈琲が揺らぐ赤いマグカップを持った黒髪ボブの女性……星さんが、聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「え、なんですか」
 そんな声に対して『解剖図鑑』を読んでいた細身の少年……骨くんが上ずった声で返事をする。
「ううん、なんでもないよ」
「えっと冬ですよね」
「うん」
「好きですよ。身を感じれるので」
 骨くんのよくわからない返事に「ふふ、なにそれ」と星さんが可笑しそうに笑った。暖炉の火が熱を放ち、煉瓦の部屋を暖め始めている。
「じゃあ、昨日言ってたけど……どうして冬の夜空が綺麗か、知ってる?」
「澄んでるから、とか、空が綺麗だから。とか言いますよね」
 窓の外に広がる夜空を見て、思いつく限りを骨くんが上げた。
「えー。澄んでるって、なあに。空が綺麗って、なにが綺麗?」
 意地悪そうな声がして、一瞬の考える間が生まれる。
「……確かに何もわからないかも、です」
「ふふん。でしょう」
「この場合、星さんに聞くのって良いんですか」
「良いでしょう」
 待ち望んだ展開になったのか、星さんは嬉しそうな顔をして自身が持っていたマグカップを骨くんに渡した。
「まずね、星空が綺麗な理由は一つじゃない。〈冬 夜空 なぜ綺麗〉で検索をかけると、だいたい四つの理由が出てくるの。だからそれを、私が噛み砕いて説明するね」
「はい」
「一つ目。冬の夜空は、きらきらした星が多い」
「オリオン座とか目立ちますよね」
 両手で持ったマグカップに口をつけることもなく、骨くんが答える。
「そうそう。冬の夜空の特性ってのもあるけれど、あの特徴的な三つ星は夏や秋にも見れるんだよ。他にも星で言えばシリウスとか、プロキオンとか。カストルポルックスアルデバラン。……まあ星自体の話は、追い追いね」
「ええ、楽しみにしておきますね。それで、あと三つの理由ですよね」
「うん。二つ目はずばり、残照」
「ざんしょう」
 立ちっぱなしだった星さんが、骨くんの正面のソファに座った。
「残った照らし、と書いて残照ね。つまり陽が沈んでも残っている空の光のこと。夕と夜の隙間。あれがね、夏は遅く沈むから残りがちだけど、冬は早く早く沈むから夜に残らないんだ」
「へえ。じゃあ夏って、あまり夜じゃないんですか」
「んんん、そうね。あまり夜じゃないかも」
「冬は……」
「冬は、結構夜。だから夜は真っ暗なの」
 納得した顔をして骨くんがマグカップを星さんに返そうとするが、彼女は受け取らなかった。
「次、三つ目は乾燥」
「寒いほどって聞きますけど、それですか」
「んー四つ目もそれ“っぽい”んだけど、そう。寒くなって乾燥すると、夜空にかかっている水蒸気みたいのが凍ったり消えたりするんだって。詳しいことはいまいちわからないけれど、霧がかかってるよりは見やすいってことだと思う」
「なるほど。だから寒いほど良いんですね」
 頑なにマグカップを受け取らない星さんに諦めた骨くんが、マグカップに口をつける。
 熱かったのか、すぐに口を離した。
「そういうこと。で、残った四つ目、これは見せ方の話」
「み、見せ方」
「河原とか歩いていて、遠くの光が揺らいでるのを見たことない? あれってね、光の屈折の関係なんだって。風が強いと空気中にある層が揺らいで星が揺れて見えるんだって。あの日、あの海岸での星空はそういうことだったんだ。それから、寒いと圧がかかって、層の密度が高くなって光がぶれぶれするのかもしれないってちくわくんが言ってた」
「……ちょっと話ずれるけど、竹輪って骨がないよね」
「そうだね?」
「うん……」
 再び珈琲を唇の先ですするように骨くんが珈琲を飲んだ。今度は熱さに負けることなく飲めたらしい。
「星の揺らぎ、このことを〈瞬く〉と言うの」
 そう言った星さんの瞳を、ふと骨くんが見ると、冬の夜空も寒さも関係なしに、暖炉の暖かさに包まれたこの部屋で、淀んで綺麗に揺らいでいたように見えた。

 

 

珈琲に浮かぶ白々

 聖夜の音色と光が響き渡る東京都心の街。冷えた夜空の下には不幸と呼べるような珈琲色に幸福のミルクが落とされて、十二月独特の柔らかな雰囲気が醸し出されている。しかし、それも長くは続かない。クリスマスを終えればあっという間に年末が来て、その年が終わる。
 まるで過ぎていく少年時代。夢。
 十二月は幻。最終決戦地。
 そして事実は、どこの街でも変わらなく、西の果てとて同じだった。
 西へ、西へ。最果ての街へ。太陽の街へ。八王子へ。
 どの街にも聖夜は影を刻々と伸ばしている。
 誰にでも〈アドベントカレンダー〉は迫る。
 布団で寝ていても。失恋しても。布団を剥がれても。
 例え一年間執筆を、終えたばかりでも。
「見て見て、骨くん。今日も八王子の夜空はよく見えるよ」
 ボリュームある黒いショートボブをふわふわと揺らす、お姉さんらしさに溢れる女性……星さんが、暖炉ある部屋の窓の外を見て呟き、振り返る。
「冬だから、ですか?」
 一人掛けのソファに腰を掛けた、色素の薄い痩せ細った少年……骨くんが呟きに答えた。
「それもあるけど、夕方に降っていた雨が埃を落としてくれたってのもあるみたい」
「へえ……」
 吐息混じりに嬉しそうな声で話す星さんに対し、露骨に暗い声で骨くんが返事をする。
「どうしたの」
「いや、本当にアドベントカレンダーが始まるのかなあって、思いまして」
「ああ、千代恋雨がずっとやりたかった〈星〉〈花〉〈骨〉の勉強を一年執筆がやっと終えた今、編集部恒例のアドベントカレンダーと兼ねて八日遅れで小説調で始めるって話?」
 息継ぎを控えめにそう言った星さんが、骨くんの正面のソファに座った。
 アドベントカレンダー。それは本来クリスマスまでのカウントダウンを兼ねたお菓子有りきの素敵カレンダー。しかし何処で捻じ曲がったのか、近年ブロガーの間ではクリスマスまで毎日記事をあげるという、タイム〈キラー〉な文化となっている。
 そして、星さんの言う通り、千代恋雨はずっと〈星〉〈花〉〈骨〉の勉強がしたかった。一年執筆が始まる前はやろうやろうとして……いや、多分やらなかった。怠惰で救いようがなかったから。しかし今なら、一年執筆を終えた翌日の今日なら、小説っぽくこの子たちに会話をさせて、楽しく勉強が出来るかもしれない。タイムが〈キラー〉されたとしても。
 暖炉の火はまた燃え始めたばかりなのか、少し弱い。
 白い肌を火に照らした骨くんが、口を開いた。
「うん。千代恋雨がずっとやりたかった〈星〉〈花〉〈骨〉の勉強を一年執筆が終えた今、編集部恒例のアドベントカレンダーと兼ねて八日遅れで小説調で始めるのは……良いんです。でも、星さんの〈星〉の話は神話や美しさがあるので、素敵混じりに語れるじゃないですか。〈骨〉って……〈骨〉ですよ。何話せば興味持ってもらえるか、楽しいのか、わからないな不安だなって」
「思ったより深刻。んん、でも、大丈夫」
 自信に満ちた言葉。そして、星さんが意味有り気に目を瞑り、しばらく考えて沈黙する。
「……星さん?」
「えっと、ほら。オリオンにも骨はあるんだよ」
「ありますけど」
 それがなに。そんな顔をして骨くんが目を細めた。

 八日遅れの最終決戦地、十二月。
 アドベントカレンダーが今始まる。

 

 

 

 


ni℃
〈 キラー 〉

 

nina 10月-12月 日付別ワード一覧。

10月1日
〈あやなす〉〈ひよめき〉〈かんばせ
#nina3word20171001

10月2日
〈ショッキング〉〈カミングアウト〉
#nina3word20171002

10月3日
〈中心〉
#nina3word20171003

10月4日
〈こぼれ話〉〈図々しい〉
#nina3word20171004

10月5日
〈昇華〉〈霊び〉〈無為〉
#nina3word20171005

10月6日
〈予備軍〉〈慢心〉〈肘〉
#nina3word20171006

10月7日
〈右折〉を繰り返す。
#nina3word20171007

10月8日
〈余震〉〈微雨〉〈小箱〉
#nina3word20171008

10月9日
〈トリガー〉〈破れる〉〈刹那〉
#nina3word20171009

10月10日
〈宝箱〉〈海馬〉
#nina3word20171010

10月11日
ミーム
#nina3word20171011

10月12日
〈学者〉〈憂い〉
#nina3word20171012

10月13日
〈シャーベット〉〈マニキュア〉〈サキュバス
#nina3word20171013

10月14日
〈小心者〉〈駆け落ち〉〈祝女
#nina3word20171014

10月15日
作中で「〈下僕〉になって」を含む台詞を使ってください。
#nina3word20171015

10月16日
〈へそくり〉〈垂れる〉〈よしなに〉
#nina3word20171016

10月17日
〈下心〉〈背中〉〈瞳孔〉
#nina3word20171017

10月18日
〈畳水練〉〈水花火〉
#nina3word20171018

10月19日
〈レンタル〉
#nina3word20171019

10月20日
〈ひだまり〉〈ひねもす〉
#nina3word20171020

10月21日
〈真綿〉〈口篭る〉〈剥奪〉
#nina3word20171021

10月22日
〈うわずり〉〈依怙贔屓〉〈ハマユウ
#nina3word20171022

10月23日
〈ひたすら〉殺してください。
#nina3word20171023

10月24日
〈プロフィール帳〉〈カリギュラ効果〉〈ペタロイド形状〉
#nina3word20171024

10月25日
〈安易〉〈無言〉〈憶測〉
#nina3word20171025

10月26日
〈よろめき〉〈ゆらぎ〉
#nina3word20171026

10月27日
〈ショーケース〉
#nina3word20171027

10月28日
〈化けの皮〉〈裏側〉
#nina3word20171028

10月29日
〈灯具〉〈葡萄〉〈遮光〉
#nina3word20171029

10月30日
〈頬張る〉〈薬降る〉〈木垂る〉
#nina3word20171030

10月31日
〈突き放す言葉〉を並べても、結局〈あなたらしい〉。
#nina3word20171031

11月1日
〈ソファ〉〈あゆみ〉〈ほどける〉
#nina3word20171101

11月2日
〈妙〉〈灰皿〉〈麒麟児〉
#nina3word20171102

11月3日
〈カプセルホテル〉〈アバンチュール〉
#nina3word20171103

11月4日
〈品質管理〉
#nina3word20171104

11月5日
〈ありふれた〉〈ワレモノ〉
#nina3word20171105

11月6日
〈‪邂逅‬〉〈食い潰す〉〈この世の春を謳歌する〉
#nina3word20171106

11月7日
〈レンズ越し〉〈重複〉〈フラストレーション〉
#nina3word20171107

11月8日
「〈どうか〉あなたの手で殺してください」
#nina3word20171108

11月9日
〈厚底〉〈ウサギゴケ〉〈瓦礫〉
#nina3word20171109

11月10日
〈ぺろり〉〈まほろば〉〈ニゲラ〉
#nina3word20171110

11月11日
〈憎い〉〈なんでもない〉
#nina3word20171111

11月12日
〈祝杯〉
#nina3word20171102

11月13日
〈Aメロ〉〈25時〉
#nina3word20171113

11月14日
〈フレア〉〈ペトラ〉〈タイト〉
#nina3word20171114

11月15日
〈蠢動〉〈懇願〉〈至情〉
#nina3word20171115

11月16日
〈酸いも甘いも〉お前次第。
#nina3word20171116

11月17日
〈交わす〉〈靡く〉〈‪綯い交じる‬〉
#nina3word20171117

11月18日
〈‪酣‬〉〈袖〉〈‪鯊‬〉
#nina3word20171118

11月19日
〈イシュタム〉〈テレプシコーラ
#nina3word20171119

11月20日
〈見えざる手〉
#nina3word20171120

11月21日
〈断頭台〉〈巾着袋〉
#nina3word20171121

11月22日
〈捏造〉〈相対〉〈反証〉
#nina3word20171122

11月23日
〈僕ら〉〈それでも〉〈ここにいる〉
#nina3word20171123

11月24日
1行目を〈まだ〉から始めてください。
#nina3word20171124

11月25日
〈はにかみ顔〉〈忘れたこと〉〈やみつき〉
#nina3word20171125

11月26日
〈デート〉〈イーゼル〉〈モーンガーター〉
#nina3word20171126

11月27日
〈平行世界〉〈メタ〉
#nina3word20171127

11月28日
〈寝穢い〉
#nina3word20171128

11月29日
〈刻々と〉〈途絶える〉
#nina3word20171129

11月30日
〈思慮分別〉〈螺旋階段〉〈代償行為〉
#nina3word20171130

12月1日
〈非売品〉〈‪優曇華‬〉〈免罪符〉
#nina3word20171201

12月2日
「〈きっと〉朝は」を含んだ台詞を作中で使ってください。
#nina3word20171202

12月3日
〈垣間見る〉〈項垂れる〉〈手込めにする〉
#nina3word20171203

12月4日
〈軌道〉〈カタルシス〉〈光陰〉
#nina3word20171204

12月5日
サウダージ〉〈脚色〉
#nina3word20171205

12月6日
〈靉靆〉
#nina3word20171206