kurayami.

暗黒という闇の淵から

ネクストゲームヒーロー

 やあ、君はこの世界が好きかい?
 昼と夜が好きかな。家族は、友人は、好きな子は? なに、照れなくて良い。教えてくれ、君は明日が楽しみだろうか。寝れば明日が来ると、喜んで布団に入れるだろうか。
 ……そうか、そうか。良かった、安心したよ。君なら、これからコンビニの新作おにぎりを意気揚々と買いに行こうとしてる君なら、そう言うと思ったからね。ごめんよ、もう少しだけ僕の話に付き合ってくれないか。
 それで、明日の話なんだけど。もしも、宇宙人や怪獣が来たりして、明日が急に無くなったりしたら、どうする?
 そうだね、困る、よね。僕だって困る。しかしこれは〈明日が来るなんて確証は何処にも無い〉なんて話じゃないんだ。〈明日を脅かすモノは存在する〉……そんな話なんだけど、君は信じてくれるかな。
 いつ……それがいつかは、わからないんだ。いや、そうか……なるほど、君らしいな。疑うより対策を取ろうとするか。いや謙遜しなくて良い、僕は心から安心してるよ。君に決めて良かった。
 それで、ここに一つのコントローラーがある。
 ゲームとかそういうのじゃない……でも、コレを造った人はそういうつもりだったのかもしれないね。少なくとも僕にこれを預けた人も、その人に預けた人も、どういう経緯でこれを造られたかだなんて知らなかった。まあ、恐ろしい事実を消したくて、何処かで嘘が生じた可能性もあるんだろうけど。
 このコントローラーは、意識した対象を、自由自在にコントロールする事が出来る。
 それは例えばコンビニの店員や、風も猫も、世界も……未来も。もちろん君も。
 なに、なんだ、慌てなくても大丈夫だよ。君にはコレを使ってはいないから。……話を聞いて貰ってる身でなんだけど、ちょっとは疑うことを覚えた方が良いんじゃないか。……はは、有り難う。そう言われると照れ臭いな。……コレを預けようとしてることが、申し訳なくなるな。
 うん、そう。君に、明日を清く望む君に、このコントローラーを預けたいんだ。良ければ、受け取ってくれないだろうか。うん、自由に使ってくれても構わない。
 僕は、疲れてしまった。
 さっきの〈明日を脅かすモノは存在する〉って話だ。信じられないことに、このコントローラーと対になるように、もう一つ自由自在が効く機器が存在するらしい。世界を自在に書き換えれるノートパソコンだって僕は聞いてるよ、本当かどうかは定かじゃない。お互いの機器自体には干渉出来ないらしいからね、そのコントローラーを使っても何もわからなかった。
 だけど、僕らの目の前にこうして、常識を超えたコントローラーが存在する。それだけで、真実味が増すだろう?
 僕は怖いんだ。誰がそのもう一つの自由自在を持っていて、いつ何をするか。突然感情に任せて世界を終わらせてしまうかもしれない。それに、そのいつ起こるかわからない厄災に対して、コントローラーを持って構って怯え続けることに疲れてしまった。明日が怖くなってしまったんだ。
 だからどうか、明日を強く望む君に、このコントローラーを受け取って欲しい。
 君が次の眠る英雄として、このコントローラーを手に。

 
 

 

 

 


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〈 コントローラー 〉
〈 預ける 〉

鏡界線

 その日数本の一両電車を降りて、林道を歩いて一時間。
 少女の“私”が住む田舎街は、三つの大きな山に挟まれた麓にありました。
 昼間は、狸も狐も暮らす山や、魚の群れが泳ぐ川と遊ぶ場所には困りません。ですが、日暮れに夕闇から逃げ遅れてしまえば二度と帰れない、そんな場所です。
 “私”は三年前、この街へと引っ越してきました。都会でも、田舎でもない、何でもないような思い出が詰まった住宅街。親の都合で引っ越した田舎街に“私”は感動の声を上げていましたが、次第に退屈と窮屈に口を曲げていきました。
 気の合う友達がいない。“私”のような子がいない。
 夏休みに入って学校もなくなり、いよいよすることが“私”は勇気を振り絞り、家から一番近い山へと足を踏み入れることにしました。
 その街の子どもらしく山遊びを覚えたら、もし“私”が変われたら。
 山に入った“私”は、深い緑と歪な大地が作り出す、暗く美しい景色を目の当たりにします。住宅街には無かった自身の知らない新しい世界。“私”はこの街に再び感動することになりました。背の高い木は木陰を作り、山特有の涼しい風がスカートを揺らします。
 しかし、山の不安定な足場に慣れていなかった“私”は、へとへとに疲れてしまいました。おまけにどちらから来たのかわからず、山を降りようにもどちらに行けばいいのかわかりません。
 “私”が暗い気持ちで山を歩いていると、白い石で作られた細い道へと当たりました。ああ、ひとまず山は抜けれたと“私”は安心します。
 白い道を歩み進んでいると、黒い鳥居が見えてきました。
 鳥居の下には“私”と同じ歳ぐらいの……同じぐらいの少女。
「こんにちは」
 少女は近づく“私”に向かって挨拶をしました。
「こんにちは」
 同じように“私”も挨拶を返します。
「山道疲れたよね」
「うん? とても。あなたは、ここら辺の子?」
「ええ、まあ。でも誰も遊んでくれなくて退屈してたの。ああ私ね、言音っていうの、よろしくね」
 名を名乗った少女……言音に“私”は驚きました。
「私も……“言音”っていうの」
「そうなの、奇遇ね」
「私もね、誰とも遊べなくて退屈してたの。その、なんだかいろいろ私たち似てるね」
 言音を見て“私”が言います。
「そうね、似てる。きっと仲良くなれるね」
 微笑む言音は「遊びましょう」と“私”を誘いました。
 持っていたお手玉。いたちごっこ。麓の話や、住宅街に住んでいた頃の話。
 “私”は久しぶりにたくさん遊び、話し、友達が出来て嬉しくなりました。今まで遊んできた中で、言音は一番気が合うと言えました。
 しかし“私”が唯一気掛かりだったのは、言音が鳥居の向こう側に入れてくれないこと。鳥居の向こう側に入れば、もっといろいろな遊びが出来るのに。
「ねえ、どうしても入っちゃだめなの?」
 “私”はおねだりをするように言ったのは、日が暮れてきた頃。
「うーん。うーん、いいよ。でも、最後にもう一つだけ遊びたいことがあるの」
 言音は指を咥えて、狐のような細い目をして言いました。
「こうかんごっこ、しようよ」

 

 手合わせて、ぐるぐるまわって、
 ふたりの場所が入れ替わったなら、さようなら。
 かがみの中で夕と闇に分かれたら、さようなら。
 

 

 

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〈 いたちごっこ 〉

 

終世記

 突如目の前に現れた東京には、一切の緑が無かった。
 ついでに、俯いて歩いていた人々も、私の過去の記憶も。
 そこに在るのは、吹き荒れる砂埃の黄色と、コンクリートの灰色と、私の黒いセーラー服だけだ。
 不可解な現象に困ったという感情は、何故か無い。私は私がここに居る理由を、その答えを探すために、誰も居なくなった歩道を歩き始めていた。
 真っ直ぐ歩いて、二つ目の角を曲がって、ビルの脇の階段を登っていく。何故だか知らないけれど、こっちに答えが在る気がした。
 階段を登りきった先、都会の中の住宅街、きっと親しまれていたであろう錆びた遊具だけの公園。その朽ちたベンチに〈もう一人〉は座っていた。
 くしゃくしゃの癖っ毛に、茶色い皮のコートを羽織った渋めのおじさん。
 私はどうやら、この世界に唯一の温度を無意識のうちに辿っていたらしい。
 どう声をかければ良いかわからなくて、ひとまず在り来たりな挨拶をかけた。
「こんにちは」
「んー……こんにちは、だなあ」
 おじさんも、どう挨拶するのが正解なのか考えていたらしい。
「お嬢ちゃん。記憶は」
「無いみたい。だから、名乗ることも出来ないみたいで」
「ああ、俺もだ」
 ベンチの背もたれにかけたおじさんの手を見ると、二本の指が何かを探すように揺れていた。
「じゃあ、おじさんで」
「ならお嬢ちゃんで」
 お互いの名前が決まって、私とおじさんは無人となった東京を歩くことにした。
 何も無い中で、何かを探すために。
「私たち二人しかいないのかなあ」
 コンビニだったであろう四角い空間を覗き込んで、私がおじさんに尋ねた。
「ああ、どうやらそのようだな。これじゃあ、逆創世記だ」
「えっと、林檎を食べた最初の二人?」
 誰かが、私に読み聞かせてくれた、気がする。
「そう、神様が作った人類最初の男女。アダムとイブ」
 おじさんが来た道を、荒れ果てた東京の街を、振り返った。
「しかし、アダムとイブってわけじゃなさそうだ」
「私たちは人類最初というより、人類最後って感じ」
 視界に入るのは、人が築き上げた文明。
 この世界に人々は、暮らしていた証拠。
「これは、戒めだろう」
「戒め?」
「同じ過ちを繰り返さ無いように、この現在を誰かが創ったんだ。まあ、誰かってもう、わかりきってるけどな」
 おじさんが斜め上。黄色くなった空を見上げて言った。
「なら私たちの、この世界での在り方は、その過ちを探して悔やむことなの?」
「……まあ、それが模範解答ってことか」
 街を抜けた先、海に沈んだ街が高架下に広がっていた。
 模範解答。それが誰かにとっての都合の良い答えだって、私もおじさんもわかってる。


 過ちを繰り返す人類にとって、何が正解なのかって、ことも。

 

 

 

 

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不毛地帯
〈 模範解答 〉

射抜いたナイフ

 その人体研究への熱意を、研究員の健康にも向けてくれと僕は溜息が出る。
 何故なら、出来立ての研究所は冷房管理が整ってもいなく、新品の厚手の白衣が僕を蒸していたからだ。
 一ヶ月前に戦争が始まってすぐに、アジア政府は現医者のアヤツジ博士を筆頭に博士号を持つ人体研究員を秘密裏に集めた。
 人体強化人間生物兵器の製造を、目的として。
 アヤツジ博士が第一プロジェクトの要として、研究所に持ち運んだのは北の地の種族、シラキ種を数人。生命力が非常に強いシラキをベースに、純粋に身体的ダメージの強い人間を造って、その細胞をこれから先の人体実験に活用していくという。
 つまり、人体実験のショックで下手に死なないように、身体を強くするための細胞を持つ身体を造るのが、これからのプロジェクトだ。
 その前に、僕が暑さで死にそうだけれど。この個人研究室に偶然置いてあった、雑音を奏でるオンボロ扇風機が僕を生かしてくれている。
 さっさと終わらせて、冷房のある国家学院に帰ろう。さて、そろそろ薬は効いてきた頃合いだろうか。これでもう四回目だ、馴染んで貰わないと困るんだが。
 後ろを振り返ると、黒髪を首元で切り揃えたシラキの女がきょとんとした顔で、鎖を巻いた足を折り曲げて座っていた。
「……怖いとか、ないのか?」
「こわい?」
 僕の質問に、シラキの女は質問で返す。意味のないやり取りだったのかもしれない。
 僕は検査針を片手に持って女に近づいた。相変わらず女は恐怖を微塵も感じていない顔で、僕を見上げている。
 針を女の足の小指に深く刺すと、一瞬の間を置いて全体が翡翠色に変わった。結果は陽性。成功だ。
 僕の作った薬が、シラキの身体と強く結びついた事を意味する。つまり、強くなるための細胞を持った身体、になったはず。
 それを確かめるために実験をするわけだが、さて、どうしよう。
「それ、さして?」
 迷っていると、女が何かを指してそう言った。
 指した方向を見ると軍事用のナイフが置いてある。
「何故それを?」
「わたしも、どれぐらいつよくなったか、きになるから」
 なるほど? いや、なるほど、とはならないな。希死念慮……とは違う、なんだ、そういう身体を鍛錬する種族だとかは聞いていないが。
 まあ良い、乗り気であるなら今やらない手はない。
 僕はナイフを片手に、女に跨る。
 女は、僕を蕩けた目で見ていた。その時になって気付いたが、シラキとは関係無くこの女自身の性癖のようだ。
 身体危機への興奮か、とんだ変態だ。
 しかし僕も僕で、その目を見ているうちに何故か焦ってしまう。早く挿し入れなければと、まるで童貞のように焦ってしまうのだ。
 そして微かな焦りは僕の理性を容赦無く奪い、死んでしまう事も考えず心臓付近を目掛けて、深く刺す。
 しばらくナイフが女の中の硬い何かに刺さったのを、手のひらで感じていた。女が血を吐き、呻き声を出して我に帰る。思わずナイフを引き抜くと、血がどぷっと漏れて床を濡らした。
 実験の事をすっかり忘れていた……が、顔を上げた女がにこっと笑ったのを見て僕は、
 実験の成功と、自身が恋と歪んだ性癖に落ちた事を、確信した。

 しばらくして僕は、彼女を博士の元へと返却した。
 それは実験に成功した切り離しても死ぬ事のない細胞、彼女の手脚だけ。
 脳と心臓、身体、その表情は、僕の性と恋の一時の実験のために。絶対に返すわけにはいかなかった。

 




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〈 返却 〉
〈 サンプル 〉
〈 ひととき 〉

グランジという名の男

 煙草の灰と薬物のパッケージに塗れた街に、今日も朝陽が登り売人とホームレスたちの路地裏に影を落とす。
 薄汚い街は一つの〈つまらない最高な話題〉で持ちきりだった。
「おい、聞いたか。あのグランジが死んだらしいぞ」

 “グランジ”。その一人きりの男の名前を知らない者は、この街にいない。

「ついに死んだのかよ。こんな日は何に乾杯すりゃいんだ?」
「今日は“あんな馬鹿でも死ぬんだ記念日”だぜ!」
「街のエースだとかなんとか言われてたのはなんだったんだ?」
「おい小僧、アルコールならなんでも良い、さっさと盗んで来いぶっ殺すぞ」
 ギャングの片棒を担ぐ大人たちが、路上で酒を片手に声を張っている。

 この世で一度きりの一人の死に、街は活気付いていく。

グランジさんが死んだ? ああ、神様が散髪に出掛けるぐらい面白いジョークだぜ。なあ、嘘だろ?」
「とりあえず家に行って金目のモノを貰おう」
「聞いて聞いて。私、グランジさんがブツ隠してる場所知ってるよ! 靴箱の中!」
「俺ぇ、脳天がアルタ前までぶっトべるるヤツ、まだ貰ってないよ」
 ずっと懐いていた舎弟の少年少女たちが、秘密基地の中で顔を見合わせて話している。

 男が残した痕跡は、人々の喜怒哀楽を揺れ動かしていた。

「あたし、あの男にン十万って貸してたのよ! この怒りで誰を殴ればいいのよ」
「ああ、グランジ。頭が悪い男だったけど、下半身だけは最高だったグランジ!」
「良い気味よ。死んで当然、来世で家畜にでもなればいい」
「本当に馬鹿な男ねえ。私との約束はどうしたのかしら」
 割れた長い舌を持つ取り巻きの女たちが、嘆き、酒場のカウンター席でクスクスと笑っている。

 死んでもなお街を騒がすほどに、男はこの街の主役で、象徴だった。

「まともじゃなかった」
 男の友人たちが集い、ビルの屋上で葬式という名のパーティが開かれていた。
「クズで、すぐに仲間を売ろうとしたよな」
「女ったらしで、ドラックセックス中毒。アイツに壊された人間を何人も見てきたさ」
「まあ、だけど、不思議な事に壊されて不幸そうなヤツはいなかった」
 酒を片手に男について語り合う友人たち。
「困った事にアイツがすることは、何もかもが楽しかったんだよな」
「そりゃそうさ。飛び越えればまともでいられるハードルを、全部蹴り飛ばして進むようなヤツだぜ?」
「確かにな。この街のエースってだけあってまともじゃなかった」
 場にいた全員が爆笑する。寂しさを表に出さないようにと、隠しながら。

 男の〈つまらない最高な話題〉はその次の夜も、その先も、語り続かれていく。幾晩も超えて。
 イカれたエースが、再び現れるその日まで。
 

 

 

 

 

 

 
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グランジ
〈 エース 〉
〈 ハードル 〉

夜の王

 この夜の暗闇が濃くなるほど、僕は追い詰められる。
 二十三時を過ぎると眠りに就く家族。零時を過ぎる頃には、ソーシャルネットワークの愛しい住人たちが徐々に姿を消していく。
 深夜。このだだっ広い世界、人が消えた街、狭い明りの中で、僕ら夜行性生物は孤独な夜の王だ。
 勿論、それは少人数故の、虚しい空想妄想でしかないけれど。
 枕に頭を預けて、まだ息をしている友人と携帯越しに会話をする。布団に包まって、静寂の中で誰にも邪魔されない二人だけの秘密。そんな会話が何処か愛おしいのは、街灯に照らされて孤独がぽっかり浮き彫りにされてしまっているからだ。
 夜通しの会話は、薬物のように互いの孤独に深く侵食し合う。
 だからこそ、突然友人がプツっと寝てしまえば、僕の孤独は静かに飢え始めるんだ。
 やることがなくなって、洗面所で煙草を吸ってみたり、何も用が無いのに近所のコンビニや川に行ってみたり。その行動に意味は無い。
 何かを求め、ゾンビのようにふらつく。
 気付けば、夜の三時。僕は寝床に戻って天井を見つめていた。
 真っ白なコンクリートの天井に映すのは、戻らない過去の情景。あの頃は、あの頃はと繰り返し、忘れないように? いいや、縋るように。
 夜更かしの味を知ったのは、中学生のとき、好きな子とのメールのやりとり。夜更かしの癖がついたのは、高校生のとき、主役になれるのが心地良くて。そうやって夜更かしを繰り返している内に、僕は夜行性生物の仲間入りをした。
 いつの間にか、皆がいるはずの昼間から外れて、生きていると実感出来るのがこの夜だけになってしまっていた。
 確かに人が少なくて〈僕らだけ〉と思える夜は心地良い。孤独同士のやり取り。孤独の中での思案思考は何より研ぎ澄まされる。
 だけど、日々、数時間後に訪れる虚無を宿した朝の陽射しに、僕は酷く怯えている。愚かにも一日の始まりを恐れいる。
 何も成し遂げられない夜が、僕の存在意義を追い詰めて脅かすから。
 このまま、幾つの夜をこうして、乗り越えていくつもりなのだろう。
 何処まで身体と意思の一部を、夜に溶かし続けるのだろう。
 そうこう思案している内にも、恐れていた朝陽が、優しい温度と共に部屋を包み込んで、遅れた眠気が僕を襲う。
 きっと、僕はいつになっても、夜の底からは抜けられない。
 夜の怠惰で心地良い依存。それから逃れる術も無く、何より逃れる必要も無い。
 この暖かい朝陽の中の眠気ですら、気持ちが良いと心から思えてしまうのだから。

 

 

 

 

 

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〈 存在意義 〉

〈 夜行性 〉

〈 一部 〉

〈 底 〉

犯人にとっての聖書

 ええ、ええ。反省ですか。反省なんてしてません、しませんよ。
 私は〈教え〉に従ったまで、ですから。
 一人目は父の友人だった男です。ええ、母と父が死んでからというもの、妹と二人きりになってしまった私に親切にしてくれていました。もちろん、下心有りきの親切ですが。あの日は妹が学校行事で外泊をしている日でした。「妹さんいないんだし、今日ぐらいはゆっくり休みなよ」と、酒と鱒の刺身を手に男が私の家を訪ねたのです。ああ、私〈教え〉が無ければ今日犯されていたんだって、ぞくっとしました。私は男を家へと上げ、客室に招いてから「和室のタンスの上にある物が高くて取れないのです、助けてください」と頼り甘えました。男は一緒に和室へと向かい、タンス上にある空っぽの裁縫道具に手を伸ばします。ここまで〈教え〉通り。私はなりきって、上に気を取られている男を後ろから工具用ハンマーで殴り、殺しました。
 二人目は、ええ、刑事さんはもう知っていますよね。同級生の愛梨ちゃん。廊下ですれ違う程度の間柄でしたが、その長い睫毛は私の理想で、それこそ〈教え〉に沿った美しい少女でした。あの子を殺したのは放課後、陽が沈んだ後です。幸運でした。偶然帰り道に同じバスになって、あの子はバスの中で寝てしまっていたのです。バスが林沿いの停留所に止まる直前にあの子を起こし、一緒に降りました。「私も寝てたの」「遠くに行く前で良かった」なんて、暗くなった林の前で可愛い会話をして。良い子だったのですぐに打ち解けて……あの子、全然警戒しませんでしたよ。道中「ここを抜けると近道だよ」って林の中へ誘って、前を歩くあの子を、なりきって後ろから首を絞めて殺しました。
 次は三人目です。多分、刑事さんはまだ知らないと思います。でももう、本人のことは見ましたよね。家の冷蔵庫に、入っているのを見たはずですから。彼は私の恋人ですよ。きっと家の人は長期旅行と聞かされているはずなので、まさか死んでるだなんて思っていないでしょう。本当は私の家にお泊まりしていたのです。ああ、彼は、彼を殺すのは、少し心が痛みました。可愛いのです。長期旅行と家族に偽るのも、下心と言うにはあまりにも似合わないぎこちないボディタッチも、いつもより会話が多いのも。可愛くて愛おしい。ですが、私は〈教え〉に沿って、彼を殺さないといけなかったのです。縛った彼を、優しく抱きしめながら、ナイフで抉り殺しました。ああ、私、あのときはなりきれえ、いなかったのかもしれません。
 全ては〈教え〉の元に、行われたのです。
 私はずっと憧れていて、主人公になりたかった。
 その小説の主人公は、とてもたおやかな女なのです。自身の美を高めるために、彼女は物語の中で〈強姦魔〉を〈可愛い少女〉を、そして〈恋人〉を殺して、骨も残さず腹の中へと納めました。そんな我儘な殺害と食事がとても美しいと思って、ずっと、憧れてた。
 その小説は、私にとっての聖書。
 しかし、私、どうしてもたらふくになってしまって……食べ切ることがどうしてもできませんでした。

 

 

 

 

 

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〈 たらふく 〉

〈 なりきる 〉

〈 たおやか 〉