kurayami.

暗黒という闇の淵から

2017-02-01から1ヶ月間の記事一覧

夜の海

二月の役目を終えた月末、三月を迎えた深夜。 私は何かから逃げるように、早足に家を出た。 春が近いと油断をして手に取った薄手のコートは、まだ残る冬の気配に適応できそうにはなかった。 いや、思えばいつだって、この街は冷たい。 底冷えとした、この街…

狐の婿入り

薄暗い店内で、僕は目を覚ました。携帯の時間を見ると昼の午前十時。店内は窓がないせいで、時間感覚が狂う。時間の情報がなければ夜だって疑わないと思う。 隣を見れば、先輩の美夏さんが寝息を立てていた。一瞬疑問に思い、すぐに思い出す。添い寝してくれ…

ラブサイド、グリードサイド

私の前髪は、左から右にかけて長い。左目は眉毛が出るぐらい。右目は前髪で隠れるようになっている。 前髪をまっすぐ斜めに、切り揃えている。個性的だってよく言われるけど、この前髪には理由がある。 私の右目が隠れるように長いのは、右側に立ちたがる君…

半身の餓鬼

脳は、右と左で役割が違うらしい。 左脳は言葉を理解と思考の役割を持ち、右脳は、五感の役割を持つという。 「あれ、和春くん……右目の方が少し大きい?」 俺の顔を覗き込んで、弘子がそう言った。「ああ、そうなんだよね。気づく人少ないのに、よく気づいた…

ロスト

頭が壊れるような爆発音と、眩い閃光。 大地が回転するような衝動と、喜怒哀楽の人の声。 停電のように、全てが突然止まり、音のない世界となる。 強引な静寂と、逃げるような眠気と、 全てを掘り起こす、高熱。 目を覚ますと、冬の高い、灰色の空が、私の瞳…

叶えた先は

薄汚れた奴隷市場の中「世界で一番私は不幸なんだ」とでも言いたげな顔をした、その女を見たとき、商人の男は恋をした。 その黒く淀んだ瞳、悲哀に満ちた表情は、なんて、美しいんだろう。絶対に誰にも渡してはいけない、商人はそう心に誓い、その奴隷の女に…

黄昏の語り手

僕が子供のときの話だ。 僕らは公園で遊ぶのが日課だった。特にジャングルジムで遊ぶのが好きで、よく高鬼をして遊んでいた記憶がある。 夕暮れ時になると、解散と迎えの空気に包まれ、カラスが鳴き、どこか哀愁が漂う中。その人はいつの間にか、公園の隅に…

解けたミルキーウェイ

「なに頼むの?」 男の子と女の子が、カフェのカウンターで可愛らしくメニューを見ている。「私、私はねえ……ホットチョコレートもいいな。けど、ホットミルクにする」「ええ、せっかくカフェきたのに? コーヒーとかにしないの?」「だって、今日はそういう…

夢のような現実、虚言

何回めかのアラームを、怠惰な空間から手を伸ばして止めた。二月も終盤に掛かったというのに、冬の寒さが未だに、僕らに抵抗し、効果を見せていた。 寒さと布団の拘束から逃れ、階下のリビングに降りると、母が僕にお弁当を作り、父が煙草を吸いながら新聞を…

偽りの中の真

目を覚ませば、私の部屋は逆さまだった。天井からぶら下がっていた電球が力なく、元々天井だった床に横たわっている。敷き布団の隙間から抜け出し、本棚を見れば、タイトルが逆さまになって、読めそうになかった。ううん、元々、本のタイトルの真意なんて、…

花弁の言葉

風間桂は、真夏の陽炎の中から現れ、櫻井李香に近づいた。 白シャツに身を包んだ風間は、夏の匂いがする。「ぜひ、貴方と共に飛び立ちたいんだ」 交際を始めて二年、風間は李香にプロポーズをした。 李香は風間を受け入れた。「だって、私は貴方の虜だから」…

オフホワイト

80 「お前そんな、髪を結うほど長くないだろう」 輸送ヘリの中、カイの手首に巻かれたヘアゴムを見てジンが言った。「ああ、これは……大事なパートナーからのお守りだ」「そうか、お前の」 それを聞いたジンが、微笑む。「なあカイ、お前のパートナー、でかい…

ヴァレンタイン

二月十四日 火曜日 ついに戦闘服の実験段階に入った。狭い室内で論文ばかり書いてるよりかは、こうして実験をするほうが気が晴れる。 このプロジェクトに名前を求められ、今日の日付に因んで〈ヴァレンタイン〉と名付けた。意味はどうでもいい、呼び名がない…

ソウルシステムバグ

「にゃあ。にゃあ」 声のした方を、美沙は振り返った。しかし、そこに声はなく、美沙のベッドが置かれている。 気のせいか、と美沙は勉強机に向き直す。大学での試験が近く、美沙はノートを見返していた。「にゃあ」 また明らかに、猫の鳴き真似をする男の子…

手のひらの中の神聖

元々、君の声には説得力があった。「返事を催促するような人に、返事をしてはいけません」 四つ下の君は、愚痴を零した僕に、優しく敬語で諭す。「ううん、でも長年の友達だしな」 その友達は、長い付き合いだった。しかし連絡ならともかく、世間話の返事で…

トリコシチュー

「立川にさ、美味しい定食屋があるって聞いたんだけど」 大学の講義が終わったその日のこと、奥村は学友の中上との夕食を、何処で取るか悩んでいた。「立川か、地味に遠いな」 奥村が、少し面倒くさそうな顔をした。「いや、それがリピーターが多いんだって…

ヴァージンガール

さくらんぼの茎を指で摘んで、対になったうちの一つの実を口の中へ、私は招いた。少し、甘酸っぱい。 浅田くんが学校を休んだから、今日は一人でお弁当を食べているの。春風邪を引いたらしい、可哀想に、帰りに寄ってあげないと。 赤く小ぶりな実、残ったも…

有線ヘソノヲ

早朝四時。まだ夜の真ん中のような暗さの、春の下。 私は先輩の結婚が出来ないという、愚痴と酒に延々と付き合わされ、やっと、やっと解放された。 しかし、始発も出ていないこの時間の自由は、不自由に近い。彼の待つ家に辿り着くには、三十分後の始発に乗…

母体回帰

男が目を覚ましたとき、電車の外は見たことのない景色に、暗闇が重なっていた。着いた駅で、男は思わず降りる。 高緒駅。 中央線に乗っていた男は、乗り過ごし、東京の果てまで来たと理解する。 駅は、閑散としていて、朽ちている。男にとって初めての駅だっ…

君とエーエム

君か。久しぶり……いや、ついさっき寝たばっかな気もするし、ううん……おはよう、かな。まあ良いか、ほら、立ってないで椅子に座りなよ。 何から話そうか。 ううん、じゃあまず、僕の話でもしよう。 ……僕が誰だって? 誰って……君がよく知ってる人だよ。 あっけ…

君と貸借り

君は未だに返してくれない。「ああ悪い、今手持ち足りないから、次会ったとき返すよ。ごめんな」 そう言われたのは、何度目だろうか。別に生れながらにして家が近いし、逃げやしないだろうけど、君はいつも返してくれない。「いくら借りてるか覚えてるの?」…

幸福な患者

最初は、小鳥を可愛がるぐらいの気持ちで、僕はその子に近づいた。 小鳥というよりは、ひよこみたいな、可愛くて簡単に潰れちゃいそうで、まさに黄色が似合うような、明るくてひ弱な女の子。彼女とは、小学校の同窓会で出会った。向こうは僕を覚えているとい…

呼吸を止めて、桜

春のそよ風は、何かを、揺れ動かす。 それは、桜の繊細な枝や、アマリリスの太い茎、昼寝をする野良猫の上下に動く髭、 そして、女の子のプリーツスカートも。 美与はもう、駅前の時計の下で待っていた。白いシャツに、紺色のカーディガンとプリーツスカート…

プレゼント、アイ

「なあ、お前、俺の手伝いをしないか?」 その男は、グラスに烏龍茶を注ぐ俺を見て、そう言った。男の足元には、動かない兄が、昼寝をしているかのように転がっている。「お前みたいに、こういうのを見ても動揺しない……そう、感情が欠如したようなやつが、必…

眼窩に花束を

「なあ、お前、俺の手伝いをしないか?」 その男は、俺の兄の腹部に刺さったナイフを抜きながら、そう言った。息絶えた兄が、重い人形のように転がる。「お前みたいに、こういうのを見ても動揺しない……そう、感情が欠如したようなやつが、必要だと思ってな。…

行き止まりアスファルト

良い天気とは言えない。暗雲のかかった空の下。 男は何かを目指して歩いていた。どこまでも続く、黒い黒い、アスファルトの上を。 滑らかで綺麗なアスファルト、その道の外。浅い、枯れた草原が、どこまでも続いている。男は道を外れる気にもなれず、アスフ…

初恋禁忌

「キキちゃん? へえ、漢字でどう書くのさ」 金曜日の夜、橙色の明かりを灯す、バーの中。賑わいを見せている中、キキと呼ばれた少女が、隣に座った酔っ払いの男に絡まれていた。「絆のキと、綺麗のキで、絆綺って書くんです」「可愛いねえ、ええ? お嬢ちゃ…

半田鏝の過ち

夏の青空を、まるで、空の高さに合わせるように飛んでいる飛行機の音が、中学最後の教室に響く。この島の飛行場は、帰省時期もあって忙しそうだ。 夏休みまで残り半月、授業は“締め”の雰囲気を見せていた。「あーえっと、夏休みが近いからって浮かれるなよ、…

死食鬼の夢幻、現実入門

「君に、夜明けなんて一生来ないよ」 半月が浮かんだ丑三つ時。僕は、綺麗な金髪の女の子に、斧を振り下ろされた。 ああ、もっと遊んでおけば良かったな、なんてのが、僕が生きていたときの、最後の記憶。 「おはよう」 目覚めたのは、硬い土の上だった。少…

上映期間

眩い証明が落とされ、開幕を合図するブザーと共に、真紅のカーテンが開かれた。 無言の拍手。 メトロノームが、動き出す。 舞台の上、下町の病院の中、一人の男の子が産まれた。男の子の親は、初めての子供をとても喜んだ。 男の子は、とても、利口な性格の…